マタイ講解NO1「過去に何があっても」1章1~17節
仁井田義政 牧師
先週で3年8カ月にわたった旧約聖書の詩篇からのメッセージが終わり、今日から新約聖書のマタイによる福音書から話していきます。福音書は、イエス様の御生涯にスポットを当てて書かれていますので、教会に来られたばかりの人にもわかりやすいところだと思います。このマタイによる福音書を通して、キリストの偉大な生涯を知って頂きたいと思います。第一回目は、キリストの系図から「過去に何があっても」という題で、聖書の喜ばしいメッセージをお伝えいたします。
★「福音書はイエス様にスポットを当てて書かれているので分かりやすい」と言いましたが、どうも私達には分かりにくい系図から開始しているのです。しかしこの系図は、ユダヤ人にとっては大切で分かりやすい部分なのです。キリストは「アブラハム」「ダビデ」の子孫であると記されていますが、それは神様の約束「契約」の成就のことでした。
★この系図の中には、タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻(バテ・シェバ)という女性達の名が記されています。タマルとバテシェバは道徳的に問題がある女性でした。そしてラハブとルツは、外国人というユダヤ人は自分の家系図に入れたくない人たちでした。罪ある女性や外国人がキリストの系図に入れられているのは、誰でも神の家族になれることを表わしています。
★さらにこの系図は、男性の系図から突然、女性マリヤに系図が変わっています。マリヤもアブラハムの子孫、ダビデの子孫であることはわかっています。しかしその夫ヨセフの男性系図から、突如マリヤとい女性系図に変わっています。しかもマリヤもヨセフもダビデ王家の子孫とはいえ、既に昔にダビデ王家は衰退してしまっているのです。
★キリストの系図には、実は大きなメッセージが記されています。一つは、神様の前に男女の差別はないということです。第二は、私達の家系にどんな犯罪者やその血筋の者がいたとしても、神様の私たちに対する祝福はには関係がないということです。福音書とは「良い知らせの書」という意味です。あなたもこの福音を信じて、過去に支配されない人生を歩き出しましょう。
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