Monthly Archives: 4月 2024

4月21日礼拝「悩みに満ちた者の祈り」

詩篇講解NO88「悩みに満ちた者の祈り」88篇1~12節

                         仁井田義政 牧師 

 今日の詩篇には「悩みに満ちた者の祈り」が記されています。私達の人生では6節にあるように「最も深い穴」「深い淵」を体験することがあります。神様はそのような「深い淵」にまで、関わって下さる御方なのです。

★3節に「私の魂は悩みに満ち」「命は黄泉に触れている」と記されています。それは死を感じる病気と思われます。その失望の程は、4~7節の中に「私は穴に下る者」「死人の中でも見放され」「殺された者のように」「最も深い穴」「暗い所」「深い淵」と描写されています。また7節には「親友も忌み嫌う者とされた」と記されています。しかもその苦しみは、15節の「若い時から」なのです。信仰者に最悪な失望感は、7節の「あなたの激しい憤りが」とあるところです。神様の怒りがそうしていると記されているのです。それは14~18節にも記されています。

★激しい苦悩に満ちた詩人の人生に、私達の苦しみなど色あせていくのを感じるほどです。この人と比べたら、私の人生の苦しみなどたいしたことはないと思えてしまうのです。この詩の聖書に残されている意味は、そこにあるのではないでしょうか。

★この詩は、失望的な詩ではありますが、絶望的な詩ではありません。それは1節に「主、私の救いの神。私は昼は叫び、夜はあなたの御前にいます」とあるからです。13節でも、祈ることを諦めず「この私は、あなたに叫んでいます。朝明けに私の祈りはあなたに届きます。」と記されています。失望することがあっても、決して絶望することがあってはならないのです。

★キェルケゴールが「死に至る病とは絶望のことである。」と言っています。詩人のように、悩み苦しみ失望的になることもあるでしょう。しかし人生の「暗い所」「深い淵」からでも祈るのです。それが信仰です。あなたも神様を信じて、暗い所や悩みの深い淵から祈ろうではありませんか。

4月14日礼拝「天に国籍を持つ天国人」

詩篇講解NO87「天に国籍を持つ天国人」87篇1~7節

                         仁井田義政 牧師 

 今日の詩篇は、旧約時代の御言としては画期的なものです。それは、異邦人の全てを神の民とするという思想が記されているからです。弟子のペテロでさえ、使徒の働き10章の中で初めて知るのです。

★もちろん旧約聖書の選民思想の中でも、全人類・全民族が救われるという思想が無かったわけではありません。創世記12章3節に「アブラハムの子孫によって、地上の全ての民族は祝福される」と記されていますし、イザヤ書65章1節に「私に問わなかった民」の救いが記されています。パウロはローマ書10章19~20節で、この御言を引用して異邦人の救いを示しています。

今日の詩篇には「ラハブ、バビロン、ペリシテ、ツロ、クシュ」の名があげられています。これらはみなユダヤ人から見れば、異国人であり異教徒です。もちろん日本人も、イスラエル民族から見れば、異邦人であり異教徒です。それを「神の国民とする」ということが預言的に記されているのです。

★この預言は、イエス様のエルサレムでの十字架を信じる者の上に成就しました。エマオの途上で、クレオパが「エルサレムで起こったことを知らないのですか」(ルカ24:18)と言っています。それは、エルサレムで起こったキリストの十字架のことです。エルサレムで現れた神なるキリストを礼拝する者は、みな神の国で生まれた者として認められ、その国民となるのです。

★どの国の異民族、異教徒であろうと、ひとつの国籍が、神様によって与えられる時が来ると預言されているのです。そこには一切の差別や区別はありません。ただひとつ、神様に愛され、神様によって天国の民として国籍を持つようにされたのです。それが、キリストによって創られた神の国の民であるクリスチャン達なのです。つまりあなたも「天に国籍を持つ天国人」のひとりなのです。

その事を感謝しましょう。私達は天国人としてひとつになりましょう。

4月7日礼拝「私の心を一つにして下さい」

詩篇講解NO86「私の心を一つにして下さい」86篇11節

                         仁井田義政 牧師 

 今日の詩篇には「ダビデの祈り」という題が付いています。この詩は後の時代に編集された詩であろうという人もいます。たとえ後の時代の編集だったとしても、今日はダビデの心に立って、メッセージをお伝えします。

★ダビデは1節で「私は悩み、そして貧しいのです」と言っています。この貧しさは、金銭的なものではありません。敵への対処能力のことです。あるいは、心の力を意味します。その悩みは「たましいを守って下さい」とあるように、たましいが破壊されるほど激しい心配なのです。皆さんにとって、たましいを破壊するほどの敵は何でしょうか。

★たましいを破壊するほどの苦難に、一日中ダビデはあきらめずに祈りました。そのことは3節に記されています。なぜそのような祈りをすることが出来たのでしょうか。それは5節にあるように「神は恵み豊か」だからです。この詩篇には、苦難の中にありながら、感謝の言葉があふれています。まさに苦難の中における感謝の祈りです。

★それでは、それほどの苦難の中で、たましいが破壊されなかった秘訣はどこにあったのでしょうか。それは、11節の「主よ、あなたの道を教えてください。私は真理のうちを歩みます」と記されている通りです。神様の御言、聖書の御言に「聞く」こと。そしてそれだけではなく「歩む」こと。つまり御言を実践し、生活することです。悩みの中で、いろいろなことを思い煩い、心が分裂しまとまらないことがあります。ダビデはそのようにならないように、「心を一つにする」(11節)ことを祈ったのです。そうして「御名を恐れるように」と祈りました。

★「御名を恐れる」とは、神様を怖いと思うこととは全く違います。この所に出で来る「恐れ」とは、神様はどんな問題でも解決し、助けてくださる唯一の御方であると信頼することなのです。ですからダビデは、たましいを破壊してしまうほどの苦難の中にあっても、「まことに主よ、あなたは私を助け、私を慰めてくださいます。」と、祈りを終えることが出来きました。

あなたも苦難の中にあるならば、心が心配事で分裂することを許さず、徹底して神様の愛を信じることに集中し、「心を一つ」にしましょう。