マタイ講解NO.34 「イエス様による解放」マタイ8章28~34節
仁井田義政 牧師
いつの時代にも誰からも忘れ去られた人がいます。今の時代も同じです。しかしイエス様はその人を救うために命をかけられるのです。その主イエス様が今も変わらず生きておられるので、私達には希望があります。今日の聖書箇所も、誰からも墓に忘れ去られたガダラの2人を救うために、舟に乗って向かわれたイエス様の話ですす。
★イエス様は、弟子達と一緒に舟に乗ってガダラの地に来られました。しかもガリラヤ湖では嵐に遭い、弟子達が命の危険を感じ、取り乱した姿がマルコ 4章38節に記されています。なぜイエス様は、それほどまでしてガダラの地に来られたのでしょうか。しかもその地は、ユダヤ人から汚れた異邦人の地として嫌われていたのです。
★イエス様がこの地に来られた理由は、その地の墓地に悪霊に憑かれた人がいたからでした。墓にいた彼らは、その地の人達に害をもたらす人として、鎖でつながれて墓から出てこないようにされていたのです。(マルコ5章3-4節)イエス様は、そのように阻害されている状態が、人間にはふさわしくないと思われ、救出に来てくださったのです。
★危険人物だった彼らが、イエス様によって救われました。本来ならば、ガダラの人達からも感謝されるべき事柄でした。しかしそうではありませんでした。ガダラの人々は、イエス様に「この地から出ていくように」と、イエス様を追い出してしまいました。それは、二人の人間の救いよりも、財産である豚の方が大切だったのです。人の価値よりも、経済の方が大切だったのです。
★イエス様はユダヤ人です。ユダヤ人は、異邦人の住むガダラの地に、しかも無数の悪霊が住むと信じられていた墓地に絶対に来たくなかったはずです。しかしイエス様は、苦しむ人の為にはどこまでも救いに行かれます。だからと言って、拒否する人の所には留まられません。イエス様と弟子達は、その地を立ち退きました。
私達はどうでしょうか。私達はイエス様の愛に感謝して、私達の内に住んでいただこうではありませんか。