Monthly Archives: 2月 2026

2月22日礼拝「イエス様による山上の宣言」

マタイ講解NO13「イエス様による山上の宣言」5章13~16節 

                         仁井田義政 牧師 

 今日の御言も、有名なイエス様の教えです。教えというよりも宣言です。しかしもこの宣言は、イエス様の活動初期に行なわれたということによって、なお一層強い意味があります。

★その宣言とは、イエス様が「あなたは地の塩、世界の光です」と言われたことです。決して「地の塩、世界の光になりなさい」と言われたのではなく「です」と言われたのです。それは目標ではなく「あなたがたを私はそうしたのですよ」という宣言なのです。しかもその宣言は、個人に向かっての宣言でもありません。「あなたがた」という複数に向かっての宣言なのです。

★イエス様は信仰の初心者達に「あなたがたは地の塩です」と宣言されました。塩は腐敗を防ぎます。なぜ教会は、支持政党を持たないのでしょうか。また政教分離の原則は、なぜあるのでしょうか。それは、良いことには賛成し、悪いことには反対するという「地の塩、世界の光としての働き」を優先するためなのです。

★当時、聖書世界のどの家にも、粗末な灯火皿がありました。しかしその小さな灯火皿のような弟子達を「地の塩、世界の光」としたと宣言されたのです。一人でそうしなければならないのではありません。「あなたがたは」なのです。それはイエス様に召し集められた教会のことです。

★山上に集められた人々は、漁師もいれば嫌われ者だった取税人もいました。またローマを倒そうとするゼロテ党の者も二人程いました。または、癒しを求めて集まって来た病気の人々や貧しい人々もいました。でもイエス様は「あなたがたは地の塩、世界の光です」と宣言されました。

その宣言の目的は「天におられるあなたがた父をあがめるようにしなさい」(5章16節)のことにあります。

教会はその目的に全力を注ぎましょう。

2月15日礼拝「イエス様の逆説幸福論」

マタイ講解NO12「イエス様の逆説幸福論」5章1~12節 

                        仁井田義政 牧師 

 イエス様の奇跡的な御業を伝え聞いた人々が、大勢イエス様の所に集まってきました。イエス様はその人々に「本当の幸福」を教えられました。しかしイエス様は、人々が求める幸福とは真逆な幸福論を話されました。

★イエス様が「お座りになり」と記されています。「お座りになると弟子達がみもとに来た」と続いています。それは「座る」ことが、正式で重要な事を話す(しるし)だったからです。次に「口を開き」と記されています。これは、イエス様の心の奥深くにある教えを話し出されたことを意味するのです。

★人々に教えられた八つの幸福の一番目は、「心の貧しい者の幸せ」についてでした。心が貧しいとは「不足している」ということです。自分の考えは正しい、知識が豊かだと思っている人は、イエス様の心の奥底からの声が聞けないのです。それでは本当の幸福を得ることが出来ないのです。 

★10節の八番目の「義の為に=私のために」迫害されている者の幸せについての教えに目を向けましょう。この迫害は、イエス様への信仰のゆえに迫害される人のことです。日本のクリスチャンも、八十年前の終戦まで国によって迫害されたのです。今、一番の迫害は、家族からの場合が多いのです。「家は仏教だから、キリスト教はやめなさい」等と反対されることが多いのです。しかしそのような迫害を受けるのは、クリスチャンになった印です。イエス様は「天の御国はその人のものです」と教えられました。神様の力がその人を必ず守って、家族をもクリスチャンにしてくださるのです。

★イエス様は、一般的な幸福論とは真逆な「神の国の幸福論」を、心の奥深く、魂の奥深くから「口を開いて」話し出されました。あなたがたに最初に必要なのは、心の貧しさを認めて私の言葉を聞くことですと話されたのです。あなたも、イエス様を信じて幸せな人となりましょう。

2月1日「ガリラヤの弟子達」

マタイ講解NO10「ガリラヤの弟子達」4章18~22節 

                        仁井田義政 牧師

 今日は、溝の口キリスト教会の教会会議が行なわれ、新年度の活動が開始されます。今日の聖書箇所も、イエス様がガリラヤ湖の漁師達から最初の弟子達を選ばれたという感動的な所です。

★先週お話ししましたように、ガリラヤ地方は「異邦人の町。暗闇の町。死の地と死の陰の町」と言われて、差別されていた所でした。そのような軽蔑や差別された町にも、教育を受けた人はいました。「ユダヤ人会堂」があったことからも推測できます。しかし、イエス様の弟子選びの目は、無学な漁師達に向けられたのです。

★漁師達は、突然イエス様に声をかけられたかのように見る人もいます。 しかしヨハネ1章を見ますと、彼らはバプテスマのヨハネの所で出会っているのです。そのことから、彼らはバプテスマのヨハネの紹介で、イエス様を知ったことがわかります。つまり漁師でありながらも、救い主を迎える準備をしていた人達と見ることが出来ます。

★イエス様は、イエス様に従う準備をしていた者達に、弟子への招きをされたのです。イエス様の召しの条件は、罪の悔い改めと、イエス様の呼びかけに応えることが条件でした。それ以外は、問題とされないのです。イエス様の召しに応える人を、イエス様は「人間を獲る漁師」として下さるのです。イエス様は、今も働き人を求めておられます。日本の人々と世界の人々を救われる働きを開始されるのです。

★今までガリラヤの漁師達は、自分の生活の為に仕事を続けて来ました。しかし今「救い主」に召されたのです。彼らは即座に網を捨てて弟子となりました。あなたも、主から召しの声を聞いているなら、その声に従って、網を捨ててイエス様の弟子となりましょう。

★もちろん網を捨てた人だけが主の召しに従うことではありません。ルカ10章を見ますと、イエス様は70人を宣教に遣わされたことが記されています。全てのクリスチャンは主の弟子なのです。ですから私達は、イエス様を先頭に、主の弟子集団となって2026年を宣教に前進しましょう。