2026年1月4日「実を結ぶクリスチャン」

マタイ講解NO6「実を結ぶクリスチャン」3章7~12節 

                        仁井田義政 牧師

 今年最初の礼拝メッセージは、昨年11月16日から始まりましたマタイの福音書の講解より、イエス様のご生涯から順を追って祝福の御言を取り次ぎます。

★今日出てくるバプテスマのヨハネは、1400年以上続いてきた祭司の家系の息子でした。家系的に見ても、当時のエリートでした。そのままで、神殿で仕える祭司となり、衣食住に心配のない立場にありました。しかしヨハネは、救い主の先駆者となるために、それらの全てを捨てたのです。それは預言者イザヤが750年前に預言した「荒野に叫ぶ声」は、自分のことだと確信したからです。

★一方イエス様は、ナザレの大工の家系でした。祭司の家系とは雲泥の差がありました。考古学では、当時のナザレの家々は、半洞窟であったということがわかっています。イエス様は、30歳の時に突然、世にご自分を表わされました。格式ある家に生まれたヨハネは、イエス様を迎えるために、大工より低いラクダの毛衣を身にまとっていたと見ることも出来るのです。

★バプテスマのヨハネは、人々に「自分は優れた血筋だ等と思っていてはならない。神は能力のない石ころからでもアブラハムの子孫を起こす時代が来たのだ」と叫びました。それは、何の価値もない者からも世の中を祝福する者を起こすことができるという意味です。そのためには「悔い改める」ことが必要であると教えました。それは「向きを変える」という意味です。そのために「聖霊と火とによる洗礼」が大切なのです。彼は、集まってきた人々に「実を結ぶ」人となるように勧めました。

★イエス様も、この新しい年に、「実を結ぶクリスチャン」になるように私達に近づいて下さっているのです。私達がたとえ「石ころ」のような存在であっても、「多くの実を結ぶクリスチャン」となるのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です