1月25日礼拝「異邦人のガリラヤに光が上った」

マタイ講解NO9「異邦人のガリラヤに光が上った」4章12~17節 

                        仁井田義政 牧師

イエス様は荒野の試練の後「バプテスマのヨハネが捕らえられたと聞いて、ガリラヤへと立ちのかれた」と、今日の御言に記されています。イエス様は、活動開始の地とするためにガリラヤへと向かわれたのです。

★イエス様は、ガリラヤ湖北端のカペナウムに住まわれました。そこを活動の拠点としたのです。世で名を挙げようとする者ならば、誰もガリラヤなどに住む者はいませんでした。そこは「異邦人のガリラヤ」と言われて軽蔑された地だったからです。ましてや宗教家として名を挙げたいと思う者は、神の神殿があるエルサレムに住むことを望んだのです。

★そこはイスラエルの国でありながら、前述のように「異邦人のガリラヤ」と敬遠された地方なのです。しかしそこは、当時の世界の十字路でもあり、商業と漁業の町でもあって、経済的には栄えていた地方でもありました。間もなく弟子になる漁師ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの家がありました。またその豊かな経済から徴収する取税人マタイの家もありました。このマタイが、マタイによる福音書の著者です。

★そこは経済的に豊かであっても、霊的には何も見えない暗闇にありました。イエス様は、霊的には何も見えない人達の光となって、霊的な救いを与えるために、ガリラヤ地方に来られたのです。イエス様は「悔い改めなさい。(メタノイア)天の御国が近づいたから」と宣教を開始されました。

★私達もカペナウムの人達と同じく、世界的に見るならば、経済的に豊かな国に住んでいます。カペナウムのように、どうしたら良いかを知らずに、衣食住にのみ心を向けている人々に、イエス様は「向きを変えよ、天の御国が近づいたのだから」と言われたのです。光の方に向きを変えるのです。そうする時「暗闇の中に座っていた民は、偉大な光を見るのです。その光は偉大な光なので、ユダヤ人とか外国人とかの区別なく照らす光なのです。そして死の地と死の陰に座っていた人々」に希望が与えられるのです。

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