11月9日礼拝「最高峰の賛美とは」

詩篇講解NO150 「最高峰の賛美とは」150篇1~6節

                         仁井田義政牧師

 今日は詩篇の最後、150篇からのメッセージです。2022年2月27日から開始された詩篇からのメッセージは、3年8カ月続きました。ついに最後の詩篇になりました。その内容も、詩篇全体の結論となっています。

★詩篇全体の結論であるこの詩篇は、まずどこで神様をほめたたえるかを記しています。それは神の聖所です。聖所は、神様を礼拝する場所のことで、現代で言えば教会のことです。そして「大空で」とも記されています。それは、宇宙万物の創造者としての偉大な神を賛美せよということです。そして「タンバリン、立て琴、踊りをもって賛美せよ」と勧められています。

★なぜ、そのように神様を賛美する必要があるのでしょうか。それは、2節に記されています。「大能の御業のゆえ」です。「大」とは優れていることを現し「能」とは能力を現します。神様が私たちにしてくださった最大のことは、イエス様の十字架の実行です。十字架こそが神様の英知でした。それによって救われた私達が、神様を心からほめたたえることができるのです。

★最後に「息のある全てのものは主をほめたたえよ。」とあります。「ほめたたえよ」とは賛美のことです。私たちは感謝することと、ほめたたえることは同じように思ってしまいますが、その意味は大きく違います。「感謝」には自分のことが含まれており、「ほめたたえる」という言葉には自分が入っていなのです。

★詩篇中の感謝は、ヘブル語の「トーダー。ヤーダ」で40回近く出てきます。しかし「主をほめよ」のヘブル語「ハレル・ハレルヤ」は、80回以上出てきます。そして今日の御言には「息のあるものはみな主をほめたたえよ」と記されているのです。賛美の最高峰は自分を忘れることです。自分の全ての問題も悩みも忘れて、神様の大能と偉大さのゆえに、神様を賛美することが、私達の行える最高峰の賛美なのです。

★詩篇は賛美のために書かれました。私達はそれを3年8カ月以上も聞いて来ました。その詩篇を終えるにあたって、詩篇の最終目的として書かれた最高峰の賛美を主に捧げて、詩篇の学びを終わりましょう。

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