マタイ講解NO8「苦しみの中での御言」4章1~11節
仁井田義政 牧師
イエス様は洗礼を受けられた後に、聖霊によって荒野に導かれました。イエス様が荒野であわれた試みは、私達クリスチャンにも襲いかかるサタンの罠なのです。その罠に私達がどのように勝利するかを、イエス様に学びましょう。
★荒野の40日間は、イスラエルの荒野における40年の不信仰と失敗を意味していました。イスラエルは、エジプトから救出された後、40年間も荒野をさまよったのです。イエス様は、人間の代表として40日間断食を、マナもなく、岩から水もなく、極限の空腹を体験されたのです。その中でサタンは
「奇跡を使い、その苦しみから逃れたらどうか」と誘惑しました。
★最初の誘惑は「神の子なら、石をパンに」するというものでした。イエス様は「人はパンだけで生きるのではなく、神のことばによって生きると聖書に書いてある」と誘惑を退けました。その言葉の通り、パン(経済)の豊かな国の方が、むしろ自殺者が多いのも事実なのです。
★次に「あなたが神の子なら、神殿の屋根から飛びおりてみなさい。」とサタンは誘惑しました。するとイエス様は「神様を試してはならないと聖書に書いてある」とサタンの誘惑を退けました。
★最後にサタンは、イエス様に世界の栄華を見せて「ひれ伏して私を拝むなら、これらを全てあなたに上げます」と誘惑してきました。しかしそのサタンの声に屈服するなら、全てを失うのです。イエス様は「主にだけ仕えよと書いてある」とサタンの誘惑を退けました。 ★ある哲学青年が「先生、人間は自分の心に忠実に生きることが正しいのではないでしょうか」と論争を仕掛けてきました。私は「そうですか、そうならば私が今あなたを殴っても、あなたは抗議できませんよ」と言いました。さらに続けて「私はあなたを殴りたいと思っても殴りません。聖書に「仕返しをしてはならない」という御言があるからです。殴るのと殴らないのと、どちらが正しいですか。私は自分の心に忠実にではなく、聖書の御言に忠実に生きたいと思っているのです」と話しました。私達は自分の心に忠実にではなく、神様の御言つまり聖書の御言に忠実に、新しい年を生きましょう。
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