11月28日礼拝待降節1「イエス様が来て下さった」

コロサイ書講解(NO.11)待降節1「イエス様が来て下さった」2章11~15節

仁井田義政牧師

 今日から、クリスマスを迎える信仰的な心の準備の4週間、アドベント週間が始まります。アドベントとはラテン語の「アドベンテウス」から来ています。日本語に訳すならば「来る」と言う言葉です。イエス様が来られるという意味で、クリスマス前の4週間が準備の時なのです。

★キリストが来られた後に書かれた聖書は新約聖書であり、それ以前に書かれたものは旧約聖書です。それは、新しい契約と古い契約を意味します。洗礼は、神様を信じて新しい命に生きることを意味します。

★今日のみことばに出てくる「罪に中に死んでいたあなたがた」とは、コロサイの異邦人のことであり、また人間全体のことです。人間の罪の身代わりとなり神の裁きを受ける為に、イエスキリストがこの世に来て下さったのです。そして私達の身代わりとなって、十字架の上で私達の罪の裁きを受けて下さったのです。そのイエス様が、死者の中から甦られました。それを聖書は「初穂となられた」と記しています。

★ローマ6章23節には「罪の支払う報酬は死である」と記されています。キリストは、その私達の債務を十字架の上の死によって釘付けにし、債務なしとしてくださったのです。ですからイエス様のその力を信じれば、私達に対するサタンの毒針は抜かれ、私達の人生に不利なものは全て排除されたのです。ですから今日のみことばのように、闘いに勝利して母国に帰ってきた戦士達のように、キリストを先頭にした勝利者となり、凱旋の行列に連なって進むことが出来るのです。

★皆さんは、今どのような思いで人生を歩んでおられるでしょうか。敗戦者のように、あるいは捕虜の行列のように、絶望感漂う人生を歩んでおられることはないでしょうか。イエス様はあなたをそのような人生から救うために来て下さったのです。自分の不幸を人のせいや、両親のせいや、神様のせいにするような生き方をしていてはなりません。悩みや問題は誰にでもあります。マルチン・ルターは困難がやって来ると「私は洗礼を受けているのだから、救いと永遠の命の約束を授かっているのだ。」と、何度も叫んだと言われています。イエス様が私達悩める者の所に来て下さいました。ですから勇気を出して、勝利のキリストの凱旋に加わりましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です