8月14日礼拝「私はあなたの御力を喜ぶ」

詩篇NO21私はあなたの御力を喜ぶ」21篇1~7節

                        仁井田義政牧師

21篇は、20篇の続きであったろうと言われています。20篇7節で「ある者はいくさ車を誇り、馬を誇る」と人間の愚かさを記していますが、それに応えて「しかし私たちは、私たちの神、主の聖名を誇ろう」と続いています。そして21章1節では「主よ。王はあなたの御力を喜びましょう」と記されています。私たちは何を喜びとしているでしょうか。今日の御言によって、私たちの喜びをどこにおいて生活しているかをはっきりと確かめたいと思います。

★選挙が終わって臨時国会に新議員たちが、緊張して登庁していました。期を重ねるごとに、初心を忘れて当選することが目的になってしまう人が多いように思います。私達は国会議員ではありませんが、権力が喜びの誘惑となりやすいことは同じだと言えるでしょう。

★権力だけではありません。健康に喜びを置いている人もいるでしょう。しかし健康もいずれ崩れるのです。家族に喜びを置いている人もいるでしょう。しかし子供たちもいずれは親元を離れるのです。子供に喜びをおいていた人が、今は孤独な老人となっている人が多いのです。

★健康が大切ではないと言っているではありません。また家族が大切ではないと言っているのでもありません。それらが大切であることは大前提として踏まえ、さらに大切なものがあると言っているのです。ダビデは「あなたの御力を」「あなたの御救いを」「喜び、楽しむ」と言って、喜びの源を明らかにしています。

★3~6節の「純金の冠をおかれた」と、詩篇20篇6節に「油注がれたもの」とはキリストのことであろうと言われています。また「王の支配はとこしえまでの長い日々」という御言にふさわしい御方は、キリスト以外にはおられないからです。

★私たちは1節にあるように、「その御方によって救われた」のです。それを喜び、楽しむのです。ダビデの実生活には、多くの苦しみがありました。しかしダビデの心には賛美があり、感謝に溢れていました。

私達も永遠の救い主を信じていることに、喜びと楽しみの基礎を置こうではありませんか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。