第一コリントNO37「愛は永遠」13章1~13節 仁井田義政 牧師
コリントの教会の人々は、一見すると素晴らしい人々に見えました。当時の流行の先端であった様々な哲学に通じた人々がいました。経済的にもコリント特有の貿易で潤った富裕層もいました。また教会に必要な霊の賜物が豊かに与えられた者たちも多くいました。しかしコリント教会には、決定的な欠陥がありました。
★13章に入って、愛がないなら全てのことが無益であると示されています。異言・預言・知識・山を動かす信仰を持っていても、愛がないなら全てが無益なのです。これはペンテコステ派の否定ではありません。「愛がないなら」であって、愛があれば全てが有益なのです。
★コリント教会には全てのものがありました。しかし愛がなかったのです。その為に全てが無駄になりそうになっていました。1章~4章の指導者選びの分裂危機。5章の不品行問題。7章の結婚問題。10章の偶像礼拝問題。 11章の貧しい者を軽んじた聖餐式問題。12章の賜物の優劣論争問題。そして、今日の13章の「愛の章」があるのです。愛がないならば、全てが空しいのです。ペンテコステの信仰も、無駄で無益なのです。全てのクリスチャンは、このことに対してアーメン「その通りです」と言わなければなりません。
★有能な能力を持ちながら、どのようにして完全な愛を持つことができるのでしょうか。傲慢になりすぐに何々学派を作り、自分たちの方が上だと主張したがるのが人間です。15章の9~10節を見ると、そこに偉大で謙遜なパウロの自己理解が記されています。パウロは「私は使徒とかクリスチャンとか呼ばれる資格さえありませんでした。今あるのは恵みによるのです。」と言っています。神様の恵みによって、私達もあるのです。
★愛とは何でしょう。人間の愛では長続きしません。神の愛である「アガペー」の愛が必要なのです。その為に信仰の原点に立つのです。決して誇り高ぶってはなりません。愛こそ永遠の価値なのです。お互いに愛を実践しあって、それぞれに与えられている神様の賜物を教会に満ち溢れさせましょう。