(メッセージ マタイNO130)「棘の戴冠式」 マタイ27章27節~32節 仁井田義政 牧師
ローマの総督の裁判での判決後イエス様はユダヤ人の管轄から、ローマ人の管轄へと完全に引き渡されたのです。それは「総督の兵士達は官邸の中に連れて行った。」と記されている事から明らかです。そこでイエス様に対する侮辱的ないばら戴冠式が行われたのです。しかしその侮辱的な「棘の戴冠式」にさえ、神様の人類を救う真理の成就が表されています。今日は「棘の戴冠式」に込められた、くすしき真理をお話し致しましょう。
★最初ピラトの外庭で裁判は行われました。訴える側のユダヤ人が異邦人の家には入らない習慣だったからです。外庭での裁判によってイエス様の死刑が決定したので、イエス様をローマの手に渡したのです。
★イエス様はローマ人だけの中庭に連れて行かれ、全部隊500人から600人の兵隊に取り囲まれました。そしてイエス様に王様の恰好をさせて笑い転げて楽しんだのです。ローマ兵500~600人が「ユダヤ人の王なのだから」と言って 王様の着る最高の紫布のマントに変えて、兵隊のマントを着せ、王の冠がないと言って近くに生えていた棘を冠に編んで王冠としました。王の権威の杖は葦の棒を代用しました。兵隊たちは、イエス様の王権を、コスプレ化し、パロディ化して遊んだのです。膝まずいて忠誠を誓う格好をしたりして遊びました。
★ 500人以上のからかいは、すぐに感情的になり、過激化して行きました。ツバキをかける人、葦の棒を取り上げてイエス様の頭を叩くなどを500人から600人以上の兵隊が次々に行ったのです。それは残虐な人間性の爆発でした。イエス様はされるままにまかせて沈黙し耐え続けられました。
★イエス様がこのように「棘の戴冠式」を、黙って受けられたのは何故でしょう。創世記2章18節のでは棘は人間が罪を犯したために与えられた神の呪いの象徴でした。それをイエス様は、御自分の頭にしっかりと受け止められ、人間の罪を引き受けられたのです。
★ある人には500人、600人の兵隊にからかわれても、ただ黙ってなすがままにまかせているイエス様の姿に、意気地のない、ただの弱い人間のようにしか見えなかったと思われます。しかしあなたの霊の目が開かれ棘の冠を黙って受け取られるイエス様のお姿に、救い主のお姿を見ることが出来ますように。そして、イエス様を信じてクリスチャンとなられますようにお勧め致します。