(礼拝メッセージ )マタイNO94「神の救いの驚き」マタイ19章23~30節
仁井田義政 牧師
青年が悲しみながらイエス様の元を去って行きました。「彼は多くの財産を持っていたからである」と聖書は記しています。それを見てイエス様は、弟子達に「まことにあなたがたに告げます。金持ちが天の御国に入るのは難しいことです。」「ラクダが針の穴を通るよりも難しい」と言われました。
★ その言葉を聞いて、弟子達は「金持ちは神様からの祝福の結果なのに、その金持ちであっても救いが難しいとすれば、いったい誰が救われるのだろう」と驚きました。するとイエス様は「人には出来ないが、神にはどんなことでも出来る」と言われました。その言葉は、イエス様が青年をまだ見捨てていないことを現しています。
★イエス様は弟子達を「じっと見て言われた。」と聖書は記しています。今までの価値観である「金持ちは神様に愛されている」という考えが崩れ去ったのです。そして自分達は、イエス様のために「全てを捨てた」と言う新しい価値観を構築し始めたのです。そして全てを捨てた私達は、報酬として「何を頂けますか」とイエス様にたずねました。イエス様は、再臨の時に捨てたものの幾倍も受け、また永遠の命を受け継ぎます。」と言われました。
★そして「ただ先の者が後になり、後の者が先になることが多い」と言われました。イエス様は、何故このようなことを言われたのでしょうか。それは誰よりも先頭を行くかに見える者が後になり、青年のように一番後の者が先頭に立つことが多いのです。それが信仰の道であり、救いの道です。例えばペテロは「全て捨てて従いました」と言いましたが、「あなたは私を捨てて裏切る」と言われる結果になるのです。信仰の道は「人には出来ないことです。しかし神にはどんなことでも出来ます。」とイエス様は言われました。
★イエス様の元を悲しみつつ去った青年にとっても、全てを捨てて従いましたと言う弟子達にとっても、信仰は難しいことなのです。そのような人間の無力を神様は支えることが出来るのです。しかし「先の者は後になり、後の者が先になる」とイエス様は言われました。
私たちも自分の信仰を誇らず、イエス様の愛と恵みのゆえの信仰であることを覚え、感謝しましょう。
