(礼拝メッセージ )マタイNO95「気前の良い神と人間」マタイ20章1~16節 仁井田義政 牧師
イエス様は「後の者が先になり、先の者が後になる」と弟子達に言われました。そのように天の御国は一般常識では測れないのだとイエス様は言われるのです。
★それは弟子達の「私達は全てを捨てて従ってきました。その私達は何が頂けるのでしょうか。」というイエス様に報酬を求める質問とつながっています。その質問にイエス様は「ぶどう園で働く日雇い労働者の譬」を用いて、神様の気前良さについて話されました。
★イエス様の譬には、朝早く一日の賃金「1デナリ」の約束で雇われた人と朝の9時頃に雇われた人、12時頃雇われた人、午後の3時頃雇われた人、そして夕方の5時頃雇われた人が出てきます。仕事を終えると、全部の人に1デナリを支払ったのです。すると朝早く雇われた人が「私は、夕方の5時に雇われた人と同じ賃金なのか。それは不平等だ」と不平を言ったのです。
★朝早く雇われた人は、もし他の者が雇われてこなかったら、仕事を終えて約束の1デナリを頂いて感謝して帰ることが出来たでしょう。ところが夕方の5時に雇われた人も1デナリだったので、感謝出来なくなってしまったのです。つまり主人が気前良くしたので「不当だ」と文句を言う結果になってしまったのです。
★教会のクリスチャン達も気をつけなければなりません。自分はクリスチャンとして長いあいだ神様に仕えてきたのに、後から救われたあの人の方が祝福されている等と妬んではいけないのです。後から救われた人は、神様の気前良さにあずかったのです。神様が不公平なのではありません。神様は愛なのです。5時ごろ雇われた人は「誰も雇ってくれなかった」と絶望していた人でした。神の国は仕事の量で報酬が決まるのではありません。神様の愛が最優先されるのです。
★クリスチャンである私達は、自分よりも神様に祝福されているように見える人がいたならば、共に喜べる人になりましょう。天の御国は「先の者が後になり、後の者が先になる」からです。あなたも神様に愛されています。気前の良い神様がそのようにしておられるのです。妬む必要はありません。