(アドベント第3週)「希望のクリスマス」イザヤ11章1~2節 仁井田義政 牧師
預言者イザヤの活動した時代は、イスラエル民族においては最悪な時代に向かう時でした。アッシリヤそして次にはさらにバビロンが攻めてきて、イスラエルは奴隷となり国を失う危険が迫っていました。それはイスラエル民族にとって、木が根元から切り倒されてしまうような体験でした。そのような絶望の時代に向かっていたのです。イザヤは、そのような時代の預言者でした。しかし彼は、その絶望の中でクリスマスの希望を見たのです。
★イザヤは、イスラエルへの敵国侵略は、不信仰に対する神様の裁きだと思いました。そのことが今日の御言直前(10章33~34節)に「見よ。万軍の主、主が恐ろしい勢いで・・」と記しています。人間は罪の結果、神様の怒りを呼びこんでしまうことが多いのです。
★そのような絶望的な時代の中で、イザヤは約束されたクリスマスの希望を預言しました。「切り倒されたエッサイの根株から」若枝が伸びて実を結ぶと預言したのです。ダビデと言わず、ダビデの父親「エッサイ」と預言したことにも意味があります。エッサイはベツレヘムの庶民であり、平凡な羊飼いでした。そのエッサイからイスラエル最大の王ダビデが生まれたのです。その時と同じように、まさかと思われるような人、つまり切り倒された木株から突然新芽がはえて実を結ぶ大きな木になると預言しました。
★その生まれ出る御方の特徴は、いつも聖霊が住んでおられることでした。メシヤは「油注がれた人」の意味で、油は聖霊の象徴です。つまりキリストこそ聖霊に満ちた御方であることを預言しました。その結果「知恵と悟りの霊」「はかりごとと能力の霊」「主を知る知識と、主を恐れる霊」に満ちているとイザヤは預言したのです。
★預言された若枝であるキリストの特徴は「聖霊に満ちておられること」です。まさにイエス様は、生まれる前から聖霊に満ちておられました。イザヤは、希望の持てない時代の預言者でした。しかしその中でイエス様の誕生に希望を見たのです。
それは私達にも当てはまります。あなたがいま希望を持てない状況にいるとしても、キリスト誕生の目的を見ることさえできれば、希望を見ることが出来るのです。あなたの為に来られた希望のイエス様を、あなたの心にお迎えしましょう。