(クリスマス記念礼拝)「神が共にいて下さる」マタイ1章21~23節 仁井田義政 牧師
今日は、クリスマス記念礼拝となりました。イエス様のご誕生の意味を自分の体験として礼拝する日です。クリスマスの出来事を自分との関係において驚き、その真の意味を知り畏れ多き心で膝まずき礼拝しましょう。
★迷い悩むヨセフの夢の中に、神からのメッセンジャーが遣わされました。それは天使です。その方はひとつの間違いもなく、神様からのメッセージを伝えました。それは、まもなく「ご自分の民をその罪から救って下さる」方がお生まれになると言うものでした。どのようにして人々を罪から救うのでしょうか。その答えが「インマヌエル」と言う名に込められています。良い人の傍ではなく、罪人の傍にいて罪びとを救って下さるのです。当時、罪人達は神様から遠ざけられていました。神殿の礼拝に入れなかったのです。しかし、このお方はそのような罪人に近づき、罪人の友となってくださるのです。
★このお方は罪人と言われた人達を、「ご自分の民」として下さいました。 マグダラのマリヤや姦淫の女性。現場を押さえられ、死刑にされそうになっていた女性をイエス様は「ご自分の民」として下さいました。病気の人や障害のある方達。重い皮膚病の人、盲人、聾唖者、足の萎えた人、手の萎えた人など、当時は差別の対象でした。しかしイエス様は「誰の罪の結果でも、本人の罪の結果でもなく、この人を通して、むしろ神様の素晴らしさが現れるためである」と言われて、彼らを「ご自分の民」として愛されたのです。
★イエス様は、弱さを負っている人達や罪人と言われて差別を受けている人々の「インマヌエルなる神」として来てくださいました。訳せば「神は私達と共におられる」という意味です。あなたは「自分は正しい人間だ」と思っていますか。そう思っている間は、クリスマスの有難さがわかりません。私は不完全で、弱い人間で、うそつきで、見栄っ張りで、汚れている罪人だと知っていますか。そのような人のためにイエス様は来られました。そのような人にこそ「神は私達と共におられる」と言う意味のキリストが来られたのです。そのお方の前に、心を注ぎ出して祈り礼拝しましょう。それがクリスマスです。
クリスマスのこの日に、あなたのために来られたイエス様を心にお迎えし、神様が罪人の私と共にいて下さるという感動のクリスマスと致しましょう。