12月27日礼拝「わたしは初めであり終わりである」

(今年最後の礼拝)「わたしは初めであり終わりである」黙示録1章8節 仁井田義政 牧師

 今年もクリスマスが終わり、2015年の最後の主日礼拝となりました。今年一年間に起こった悲しかった事、嬉しかった事などを思い出しながら、今年最後の御言葉を傾聴して頂きたいと思います。

★黙示録は聖書の最後に置かれた書です。使徒ヨハネがパトモス島に流されて、そこで示された啓示です。その中で、イエス様を「時間の主」として、アルファーでありオメガーであると記しています。日本語に訳せば「始まりと終わり」と訳せます。それはギリシャ語のアルファベットの最初と最後の文字だからです。神様は、使徒ヨハネにイエス様を現在・過去・未来の時間の主として啓示されたのです。

★イエス様は、現在・過去・未来の全てを支配しておられます。イエス様の力を小さく見てはいけません。イエス様は、私達の現在・過去・未来の全てを支配しておられるのです。創世記の1章2節には「地は茫漠として何もなかった」と記されています。それは意味のない混沌つまり、カオス状態のことです。イエス様はそのカオスに、意味と秩序を与えました。私達はその意味と秩序の中に生かされているのです。

★この世界を強い意志をもって始められたイエス様は、同じ強い意志をもってこの世界の最後ももたらします。それが「私はアルファーであり、オメガーである」の意味なのです。神様は、全てのもののアルファーであり、オメガーなのです。宇宙も個人もその中にあります。イエス様は、宇宙や私達の創造者であり支配者です。そのことを信じなければ、意味のないカオスにいることになります。

★黙示録22章13節にも「私はアルファーであり、オメガーである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである」と記されています。これは、復活のイエス様が使徒ヨハネに直接示した幻による啓示です。そして全ての時間の支配者であられるイエス様を迎える姿勢が記されています。それは「しかり、私はすぐに来る」と言われるイエス様に、「アーメン!主イエスよ!来て下さい」と、喜びをもって迎える姿勢です。私達の過去・現在・未来には、喜ばしい事も、悲しい事も起こるでしょう。しかし全てはイエス様の御計画の中での事です。そしてイエス様は無駄な事をひとつもなさいません。目先のことしか見えない私達は、イエス様の絶対愛と時間の支配を強く信じなければなりません。そして感謝しましょう。今年も色々なことがありましたが、素晴らしい一年であったと感謝しましょう。

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