(第一コリントNO5)「しかしという逆転の真理」第一コリント1章26~31節 仁井田義政 牧師
私達個人の人生において、マイナスなことを数え挙げたらきりがありません。そのマイナス要因を、一瞬にして振り落としてしまう方法はないものでしょうか。今日の御言葉には、その方法が記されています。それは、イエス様が私達にもたらしてくださる「しかしと言う逆転の真理」なのです。
★この時、コリントの教会の信徒達が陥っているのは、どの派閥に所属し賢くなるかという問題でした。パウロはその人達に「召し」の時を考えてみなさいいと言っています。「あなたがたは賢かったから召されたのですか。そうではありません。この世の知者も、権力者も、身分の高い者も多くはなかった。神の召しはそのような基準によらないからです」と。さらには「それは、この世の知者を辱めるためです。」と記しました。神様は傲慢な知者や権力者を辱めるために、愚かな者、弱い者を選ばれたのです。そのように、コリントの教会は多くの無きに等しい人々が召されたのです。それは、神様の前で誰一人として誇らせないためです。
★自分のことでは何一つ誇ることが出来ないのがクリスチャンです。しかしそのクリスチャンが誇って良いものがひとつだけあります。それは「しかしあなたがたは、神によってキリスト・イエスのうちにある」ということです。キリストのうちに入れられている事実を誇りなさいというのです。まさしく「誇る者は主を誇れ」です。
★私達の人生は、マイナスなことを数え挙げたらきりありません。生まれながらに持って生まれたマイナスや、この世の選抜や選択によって着けられたマイナスな点なども多くあります。しかしイエス様はそのような私達を選んで下さったのです。そして、私達をご自身との交わりに入れて下さったイエス様には、神の知恵、義と清め、贖いが満ちているのです。ですから私達に立ち上がれない程のマイナスなことがあったとしても、「しかし」という言う神様の御言葉によって、大逆転が起こるのです。イエス様のうちに入れられた私達にとって、これからは神の知恵が私達の知恵となり、義となり、清めとなり、贖いが満ちあふれるのです。ですから、あなたにどんなマイナスに思える点が多くあっても、「しかし」という御言葉によってあなたの人生が逆転し、神の知恵に導かれた人生が始まることを信じましょう。