4月21日礼拝 マタイNO45「マタイの家の食卓」

(礼拝メッセージ) マタイNO45マタイの家の食卓」 9章9~13節 仁井田義政 牧師

イエス様はこの時すでに有名な人となっていました。しかしここからイエス様に対する人々の評価は、二分してゆきます。取税人マタイの家でもそのことが起こりました。

★マタイは、イスラエルにとっては敵国のローマから特権を与えられた取税人でした。特権とはローマに税収の定額を納めさえすれば、あとは幾らでも自分の懐に入れて良いことになっていたのです。しかし、敵国に仕える働きですから、同国民からは汚れた人間とされ、神様の祝福のない人間と言われ差別されていました。この様な人と交流を持てば、その人も汚れると言われたために、人々から避けられていたのです。しかしイエス様は彼を避けることなく「私に着いて来なさい」と弟子へと召して下さいました。マタイの初めて聞く言葉であり、想像すら出来ないことでした。

★マタイは喜んでイエス様を家にお迎えしました。もちろんイエスの弟子達も招かれました。また自分の仲間の取税人や罪人と言われていた人々も招かれ、食卓を囲みました。マタイは自分の家のことなのでサラッと書いているのでしょうか。しかしルカは「イエスの為に大ふるまいをした」(ルカ5章29節)と記しています。イエス様がマタイに弟子になるように言われたことが、どんなに嬉しかったかがわかります。イエス様もマタイや他の取税人、罪人達に囲まれた食卓が楽しくて仕方がないようです。

★しかしその楽しい食卓に水を差すように、パリサイ人が「なぜイエス様は罪人の家で食卓に着くのか」と言いました。パリサイ人は、自分達を清く保つ為にこの様な人達と交流を避けてきたのです。弟子達も、当時の社会的にも宗教的にも権威のあるパリサイ人の質問に答えるのには、まだ窮していたのではないでしょうか。イエス様がそれを察知されて、パリサイ人に「医者を必要とするのは病気の人です。私が来たのも罪人を招いて悔い改めさせるためである」と言われました。

★イエス様は、私がこれらの人達を大切にしているのは、神様がこの人達を愛しているからであり、そのことを伝えることが、私がこの地上に来た目的なのだと言われているのです。このことにより益々イエス様とパリサイ人の溝が拡がっていきましたが、イエス様と罪人と言われ差別されていた人々との間は狭まりました。イエス様の内に神の愛を見たのです。自分を正しい人間だと思う者はイエス様を嫌い、自分を罪人だと自分を低くする者にはイエス様の愛がわかったのです。あなたはどちらの側の人間ですか。

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