(礼拝メッセージ) マタイNO46「新しい革袋に入れなさい」9章14~17節 仁井田義政 牧師
先週はパリサイ人が、マタイの家でイエス様に「あなたはどうしてこのような罪人達の友達になるのですか」と非難しました。イエス様は「丈夫な人に医者はいらない。それと同じように、私が来たのは、罪人と言われ、みんなから差別されている人達を救うためにきたのです。」と答えられました。すると今度はバプテスマのヨハネの弟子達が「あなたとあなたの弟子達はどうして断食の祈りをしないのですか」と非難しました。彼らにはイエス様の行動がとても理解できなかったのです。なぜ理解できなかったのでしょうか。今日はその事をお話し致しましょう。
★イエス様の時代、自分達は信仰深いと思っていた人達は、当時の習慣に従って週に二回の断食をしていました。それが敬虔な信仰のかたちと思っていたのです。マタイの家で御馳走になっていたこの日は断食の日でした。ところがイエス様も弟子達も断食をしなかったのです。彼らにとって、断食を無視して罪人の家で飲み食いし、喜び合っているイエス様が許せなかったのでしょう。
★その質問に、イエス様は結婚式場の例を用いて答えられました。「花婿が一緒にいる席上で、断食している人がいたらおかしいでしょう。楽しく食べたり飲んだりするのが花婿への礼儀でしょう」と。花婿はイエス様、花嫁はイエス様を迎えた人々なのです。イエス様は、敬虔な信仰の印として人に見せるために行なわれていた形だけの断食を否定されました。その証拠に、ヨハネの弟子達は断食していない人がいるとすぐに批判するようになっていました。
★イエス様は宗教的な習慣よりも、マタイの家に集まった世のクズと言われていた人々との食事会を喜びました。イエス様の新しい生き方を、パリサイ人もヨハネの弟子達も理解できなかったのです。それらの人達に、イエス様は当時の人々なら誰もが知っている例を用いて話されました。それが「古い布には古い布切れを、新しい葡萄酒には新しい革袋を」の例えです。葡萄酒は発酵度が高いので、古い皮だと爆発する恐れがあるのです。イエス様の真理は新しい教えなので、新しい心で受け入れなければならないと言うことです。イエス様が、マタイの家で罪人と言われていた人達と飲み食いして喜んでいることなど、古い考えの人には許せないことだったのです。「新しい葡萄酒は新しい革袋に」入れなければなりません。あなたも、新しい心でイエス様の教えを受け入れましょう。