(礼拝メッセージ)「山を動かす信仰」マルコ11章20~25節
先週はイースターでした。イエス様が三日目に甦られたという事実に、世界の教会は喜びに沸いたのです。私達の教会も、その世界の教会と共に喜びの礼拝を持ちました。死んだ人を彫像にして祈っているのではありません。甦られて今も、現に私達と共におられる御方を礼拝しているのです。
★前日にイエス様が呪われたいちじくの木が枯れていました。弟子達はその力に驚きました。いちじくの木が枯れたのは、信仰の実を結ばないエルサレムの神殿や、イスラエルの国のことでした。イエス様を十字架につけてから、AD70年にローマによって神殿は破壊され、イスラエルの国は消滅してしまいました。それから約二千年間、エルサレムの神殿は崩壊したままなのです。今はモスクがその所に建っています。イスラエル人は西の壁でオープンシナゴークとして礼拝を捧げています。その様子を見て外国人が、泣いて祈っているようだと言い、「嘆きの壁」と呼ばれるようになりました。
★いちじくの木が枯れたことに驚いていた弟子達に、イエス様は「神を信じなさい。まことにあなたがたに告げます。だれでもこの山に向かって、『動いて海にはいれ。』と言って心の中で疑わず、ただ自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。」と言われました。信仰の力は、特別な人にだけに現れるのではありません。「神を信じる者」に現れるのです。神を信じて疑わないで祈るならば、誰でも山を動かすようなことが出来るのです。
★それに続きイエス様は、祈りをする時には「誰かに対して恨み事があったら許してあげなさい」と言われました。私達が「山」のように感じることの多くが、人間関係にあるようです。その人が自分の人生に立ちはだかる大問題のように思ってしまうのです。その人から受けるマイナスの力が、神の守りよりも強いと感じる時に、大きな山のように感じてしまうのです。
★イエス様はこのことを教えながら、父なる神を信じて高い山に挑戦していました。それは十字架です。全く罪のない自分を殺そうとする人々を恨まず「父よ、彼らを許したまえ」と祈られました。その時に山は動きました。イエス様はよみがえられ、世界中の教会で礼拝される御方となったのです。今あなたが、なにか大きな山のような問題を抱えていても、あなたに対する神様の大きく強い愛を信じるならば、山は動くのです。神様の祝福の力を信じましょう。
