クリスマス記念礼拝「民は受け入れなかった」ヨハネ1章9~11節 仁井田義政 牧師
昨日から、溝の口キリスト教会におけるクリスマスの特別プログラムが始まりました。そして今日の午後は、クリスマス・ハンドベルコンサート、23日はクリスマス・トリアーデコンサート。そして24日はクリスマスキャンドル礼拝と続きます。このような華やかな数々のクリスマスの諸行事の中で、クリスチャンとして、しっかりと捕まえておかなければならないクリスマスがあるはずです。弟子のヨハネは、クリスチャンに向けてこの福音書を書きました。
★ヨハネは、クリスマスの出来事を「全ての人を照らす真の光が世に来た」と紹介しました。イエス様は真の光であられます。真の光があれば、偽物の光があるはずです。そして今も多くの人々が、偽物の光を本物の光と信じ生き続けているのです。その偽物の光は多くの宗教・占い・お金・名誉等々です。
★真の光であるイエス様は、永遠の昔からこの世におられました。イエス様は、決してマリヤから生まれた時からこの世に存在されたのではありません。永遠の昔からこの世に存在されたのです。ですからヨハネはイエス様が「この世界の創造者であった」と紹介し、この世におられたのに「この世はこの方を知らなかった」と言っています。
★人間の限界は、神を見ることが出来ないところにあります。「神を見た者はいない」とヨハネは記しました。その限界を打ち破る唯一の方法を神様は考え実行されたのです。それがキリストの誕生です。ですからイエス様は「私を見た者は父(神)を見たのです」と言われました。そして「この方はご自分の国に来られたのに、ご自分の民は彼を受け入れなかった」と記されています。ユダヤ人は、旧約聖書によってキリスト誕生の約束を与えられていました。しかしその民が、イエス様を受け入れなかったのです。
★私達は、旧約聖書だけでなく新約聖書まで与えられています。旧約聖書と言う啓示の書を与えられていたイスラエルにとって、キリストを受け入れなかったことが大きな罪であったとすれば、新約聖書という啓示の最高峰まで与えられている私達が、イエス様を受け入れず信じないとすれば、その罪は筆舌に尽くしがたいことは明らかです。クリスマスの事実のひとつは「民は彼を受け入れなかった」ということです。神の愛は、キリストを人間の世界に送って下さったことです。「民は彼を受け入れなかった」という人間の無関心の事実が、この世において交差し続けているのです。これがクリスマスの悲しい現実です。私達は「受け入れなかった」民の一人となってはなりません。イエス様を心より信じ、お迎えしましょう。