第二コリントNO6 「御霊は人を生かす」3章1~11節 仁井田義政 牧師
コリント教会には、まことしやかな推薦状を手にした異端教師たちが巡回して来ることがありました。その中には、ユダヤ主義的キリスト教の教えを持ってきた人もいました。そのような背景の中で、パウロは「文字は殺し、御霊は生かす」という有名な言葉を記したのです。
★パウロは、誰かの推薦状をもってコリント教会に行ったわけではありませんでした。パウロがコリント教会の創立者だったからです。一番パウロのことを知っているのはコリント教会の人々であって、推薦状は必要ないはずです。コリント教会は、パウロを他の所に紹介する文を書く立場でこそあれ、もらう立場ではありません。パウロは「推薦状はあなたがたの心に記されている」と言いました。更に「あなたがたは私達によって書かれたキリストの手紙である」とも書きました。
★それからパウロは「文字は人を殺し、御霊は生かす」と言いました。ユダヤ主義的なキリスト教を伝える教師が、コリントの教会に入り込んで混乱させていたからです。ここで言う「文字」とは、石板に書かれたモーセの律法のことです。パウロ自身、クリスチャンになる以前は徹底して律法に仕えるパリサイ派でした。しかしイエス様に出会って、目からうろこが落ちたのです。一番大切に思っていた律法が、主の恵みの前に色あせて見えたのです。
★キリストが来られる以前は、律法にもその時代の最高の栄光(素晴らしさ)がありました。しかしキリストが来られた後には、太陽が昇ると月の光が薄くなるように、律法は薄くなるのです。そのキリストの素晴らしさを伝えるのが、「御霊の務め」です。ですから御霊は人を生かすのです。
★律法は人々を罪に定める働きをし、イエス様は「人々を救うために来られた」のです。第一テモテ1章15節には「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。ということばはまことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。」と記されています。「神は私達に、新しい契約に仕える者となる資格を下さいました」と、福音伝道と言う栄光に輝く働きに、私達を加えて下さったと喜ぶのです。私達も、この最高の栄光に預かる人つまり御霊によってイエス様の福音を伝える人となりましょう。御霊は人を生かすからです。