10月30日礼拝メッセージ 「キリストの勝利」

第二コリントNO5 「キリストの勝利」 2章12~17節   仁井田義政 牧師

p1030585-3 パウロは、テトスに手紙を持たせてコリントに遣わしました。しかしテトスが予定していた季節に帰ってこなかったので、パウロに「心のやすらぎがなく」なってしまいました。パウロは、待ちきれずに陸路コリントへの途中にあるマケドニアに向かったのでした。

★パウロが不安でいっぱいになったのは、自分の思い通りに物事が進まないことに原因がありました。パウロは、コリントの教会を心から愛して「涙の手紙」を書きテトスに持たせました。当然コリント教会の人達がその手紙を読んで、良い反応を示してくれることを望んでいたのです。しかし思い通りに事が進まなかったのです。

★「しかし」(14節)という変化によって、パウロの心は勝利の思いでいっぱいになりました。その変化の出所は、パウロの心の中ではありませんでした。「神に感謝します。神は」と記されているように、神様が勝利の心へと導いて下さったのです。それは、「キリストの勝利の凱旋」に自分も加えられているという気付きでした。パウロは、当時ローマの兵隊が喜びにあふれて勝利の凱旋をするのを見たことがあるのでしょう。パウロはそれと自分を重ね合わせて、勝利者キリストの凱旋に自分も加えられている幸いに気が付いたのです。

★パウロは、不安を通して新しい信仰の境地へと導かれたのです。コリント教会のパウロに対する不評と反対の動き、社会公認の性的な文化など、解決しなければならない問題は山のようにありました。しかしパウロは、そのコリント教会に「私達は、神のことばに混ぜ物はしない」(17節)という宣教理念の決意を伝えたのです。

★その結果、当然信じる者と信じない者が出てきます。パウロに対する評価も分かれるでしょう。しかし混じりけのないその「御言を信じない者にとっては死に至らせるキリストの香りとなり、信じる者にとっては命に至らせるキリストの香り」となるのです。私達も神の御言に決して混ぜ物をすることなく、聖書への絶対的な信頼をもって伝道していきましょう。聖霊に満たされ、誇りをもって活動しましょう。溝の口教会の全てのクリスチャンが「キリストの勝利の凱旋」に加わり、御言を力強く伝えていきましょう。

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