第二コリント NO3 「固い絆の教会」 1章12~22節 仁井田義政 牧師
この時、コリント教会の中にパウロに対する新しい不信感が起こっていました。パウロはその批判に答えながら、今日の聖書箇所で教会とは何かという大切な真理にまで言及しました。
★コリント教会のある人達は、あいつの言うことは信用ならない。二枚舌だと非難しました。反パウロ派が、パウロの計画変更を逆手にとって反対の声を上げたのです。パウロにとっては、些細なことでした。しかし教会全体的にとっては、放っておけない重大なことでした。ひとつの腐ったミカンが、箱全体のミカンを腐らせてしまうのです。
★パウロは、計画の変更は人間の考えによるものではなく「神の恵みによるものだ」と記しました。パウロは、いつも神様の導きを行動の規範としていました。パウロにとって、神様の計画通りに行動することが、何にもまして神様の僕べとしての「誇り」だったのです。
★「主イエスの日には互いの誇りとなるようにと望みます。」と記しました。コリント教会の現実は、問題が鬱積する状態でした。しかしパウロは希望を捨てないのです。そして「私達の主イエスの日には、互いを誇りとすることができますように」と望むのでした。理想の教会は、信徒と牧師が互いを誇りに思うことの出来る教会です。その共通の尊敬の基準は、双方がキリストに従って生きるということです。パウロは「私は、否と然りを同時に言うような者ではない」と記しています。「然り」だけを言われる神を信じているからです。
★パウロは問題だらけのコリントの教会を捨てませんでした。それは、一緒にキリストの内に固く保たれた者達だからです。その証拠に、神様は教会に聖霊を注いでくださっているのです。聖霊が注がれれば、それで絶対大丈夫と言うのでもありません。「御霊を消してはならない」と教えられているように、神様に従うことを第一にしないと「御霊」は消えてしまうのです。コリントの教会が正常な教会になることはパウロの願いでした。それと同時にそれは神様の願いなのです。御霊に満たされてキリストの内に「固く結び付けられた者」となり、聖霊による強い教会の絆を作りましょう。