礼拝メッセージ(マタイ62)「悪い時代の特徴」マタイ12章38~45節 仁井田義政牧師
今日の聖書の個所も、ユダヤ教のエリート集団であるパリサイ人が、イエス様に質問するところから始まっています。それは「あなたが神の子であるなら、そのしるしとしての奇跡を見せてくれ、そうすればあなたが救い主であることを信じよう」というのです。「奇跡を見せてくれ」というパリサイ人の心の中に、イエス様は人間のどうしようもない程の暗黒を見たのです。
★すでにパリサイ人は、イエス様の奇跡を幾度も見ていました。しかもイエス様の奇跡を見て、イエス殺害を決意したのです。イエスに対する反対、殺害が強固に固まっている心で「先生、私達は・・」とイエスに近づいてきました。たとえ幾度「奇跡」を見たとしても、信じない者は信じないのです。パリサイ人は、今まで見た奇跡のようなものではなく、救い主の「しるしとなる決定的な奇跡」を見せてくれとイエス様を試すのでした。
★それに対しイエス様は「悪い時代はしるしを求める」と言われ、パリサイ人の要求には応じませんでした。私たち人間はパリサイ人と同じで、直ぐに証拠を求めます。何か辛い目に遭うと「神が愛ならば、どうして私の人生にこのような事が起こったのだ。なぜ助けてくれなかった」等と言うのです。イエス様が十字架に着かれた時もそうでした。「神の子なら十字架から降りて自分を救って見せよ」などとイエス様を侮辱しました。イエス様は「しるし」の要求を拒否されました。それは悪い心から出た要求だからです。
★イエス様は「この悪い時代はしるしを求めるが、ヨナが魚の中に三日三晩いたように、人の子も墓の中で三日三晩地の中にいる」そのしるし以外は与えられないと言われました。人の子とはイエス様のことで、そのしるしとはイエス様が三日目に墓から甦られるという復活のことです。それこそ、人々に与えられた最大の「しるし」です。しかし、その最大の「しるし」を見ても信じない者は信じないのです。信じないことに決めているからです。
★旧約時代に、ニネベの町の人達はヨナの宣教で真の神様を信じました。シェバの女王は、ソロモン王の知恵を確かめたいと自分から遠い旅をしてきて神様を信じました。ニネベの町の人もシェバの女王も、不完全な人間の言葉によって信じたのです。共に真理を求めていたからです。しかしパリサイ人は、真理そのものであるイエス様から聞いても信じないばかりか、イエス様を試そうとしたのです。それは不信仰なねじ曲がった悪い時代の姿です。私達はイエス様を素直な心で信じて、不信仰な時代から救われましょう。