礼拝メッセージ(マタイ63) 「イエス様の家族」 マタイ12章46~50節  仁井田義政 牧師 

主イエス様の家族は夫のヨセフは既に召されており、この時にはお母さんを含めて8人でした。イエス様がカペナウムの町で伝道しておられる時、母マリヤと兄弟達がその家にやってきました。家族が住んでいたナザレからイエス様が活動しておられた所まで、直線距離で25キロくらいあります。家族は団結してイエス様を連れ戻しに来たのでした。イエス様は家族に会うことを拒否されました。なぜでしょう。そこに、今日の御言葉の強いメッゼージがあるのです。

★イエス様がまだ「群衆に話しておられる時に」とあるのを見ると、家族の来訪の知らせによって、イエス様のお話が中断されてしまったことが分かります。母親であるマリヤにとって、すぐに息子に会えるのは当然との思いがあったでしょう。マリヤと兄弟達は、イエス様が最近パリサイ人の感情を逆なでしたため、イエス様に危険が迫っていると知って、故郷に連れて帰る決意で来たのです。(マルコ3章21節)

★それなのにイエス様は「私の母とは誰のことか、兄弟とは誰のことか。」とマリヤ達と会うことを拒否しました。聖書は、イエス様が血縁関係の強い絆によっても妥協しない激しい拒否の言葉を記しています。それは盲目の愛に対する拒否でした。この拒否の激しさの中には、家族としての平和な姿も、母マリヤへの少しの尊敬も感じられません。しかしその激しい家族への拒否は、真理のもとに本当の家族になるための拒否だったのです。

★「イエス様は弟子たちの方へ手を差し伸べて、見なさい、私の母、私の兄弟たちです。と言われた」と記されています。イエス様が、血縁関係の全くない者達に「手を差し伸べて」と記されています。なんという丁寧な言葉でしょう。なんと優しい行動でしょう。「手を差し伸べて」です。気休めやオベンチャラではないのです。キリストの本気な言葉です。キリストとの関わりにおける新しい時代が始まったのです。「父なる神の御心を行なう人」は、キリストとの最も強い絆で結ばれるのです。

★イエス様の母マリヤや兄弟たちのように、私はイエスに会えるのは当然だ、その資格があると思うような人は、イエス様から拒否されます。しかしイエス様は、何の資格もない私達に「あなたは私の家族です」と手を差し伸べて下さっているのです。あなたも、そのイエス様の招きを信じて、イエス様との信仰による家族となりましょう。

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