マタイNO89「イエス様がここにおられる」マタイ18章18~20節
仁井田義政 牧師
今日の御言は、教会にとってとても大切な所です。イエス様のこの御言葉の約束があればこそ、教会は教会として成り立っているのです。それは、イエス様が今も私達と一緒にいて下さるということです。
★今日のイエス様の御言は、前の聖書箇所とつながっています。それは教会が教会であるためには、罪をそのままにしておかないことが大切なのです。そのために「教会の言うことさえ聞かなければ、異邦人の一人のように扱いなさい」とイエス様は教えられました。そのように教会は教会会規の執行の任がイエス様から委託されているのです。
★そのような大任をあずかる教会は、心をひとつにして祈ることが大切です。「もし心を合わせて祈るなら、父なる神がどんな事でもかなえて下さる」とイエス様は言われました。しかも「まことに」と二度も言われたのです。まことには「アーメン」という言葉です。また「心をひとつにして」という言葉はギリシャ語の「シュンホネオ」で、それは音楽のシンフォニー(調和)の原語となりました。いろいろな個性を持った人々が、いろいろな楽器を用います。音色も様々ですが、ひとつの目的のために調和させ美しい音楽となるのです。それが教会なのです。個性を殺さず、しかも自己主張をしないで全体の調和を保つ、それがシュンホネオの意味です。
★教会は、単なる人々の集まりや集団とは違います。イエス様の名によって集まる所です。教会は、牧師が中心でも信徒が中心でもありません。イエス様が中心なのです。イエス様が教会におられると言っても見えないので、漠然としか意識できないかもしれません。しかし、「その中にいる」という語は、ギリシャ語では「真ん中にいる」という言葉なのです。「真ん中にいる」とは、どの人からも近い所、真ん中におられるのです。
★私達が今教会にいるということは、紛れもない事実です。しかしイエス様が教会の真ん中におられるということは、それ以上に紛れもない事実です。私達は教会にいるといっても僅か数十年ですが、イエス様は既に教会に二千年以上もおられ、永遠に存在し続けられるのです。しかも教会の隅っこに身を潜めておられるのではありません。教会のど真ん中に存在されるのです。だからこそ祈りが聞かれないことなどないのです。皆さんの一番近い所におられるイエス様に、心を合わせて祈りましょう。