3月17日礼拝「何をして欲しいのか」

(礼拝メッセージ)「何をして欲しいのか」マルコ10章46~52節

                                                                    仁井田義政 牧師

 イエス様の一行は、エリコという町に入りました。そのエリコからエルサレムまで直線で約20キロの距離です。その町でひとりの盲人と出会ったのです。イエス様はその盲人に「私に何をして欲しいのか」と話しかけられました。今日はそのイエス様の言葉から聖書の真理を学びましょう。

★エリコの町は、エルサレムまで一日の距離です。過ぎ越しの祭りが近かったので、祭りに集う人々が各地からエルサレムに向かっていました。エルサレムに近づくにしたがって、イエス様の受難預言を無視した弟子達と、エルサレムでイエス様は王になると信じた群衆の期待は高まるばかりでした。イエス様こそローマから解放してくださる救い主だと信じていたのです。

★そこに、バルテマイと言う盲人が街道筋で物乞いをしていました。既にイエス様のうわさは、街道を通る人を通して聞いていたようです。イエス様の一行が来ると「私を憐れんでください」と叫び出しました。群衆は盲人を黙らせようとしました。イエス様には盲人ごときに使う時間などないと、群衆は思ったのでしょう。しかし盲人は、求め叫び続けました。イエス様は「あの人を呼べ」と足を止められたのです。

★盲人は、哀れさを演出するためのボロボロの上着を脱ぎ棄て、イエス様の所にやってきました。イエス様が「私に何をして欲しいのか」と語りかけると、「目が見えるようになる事です」と答えました。「何をして欲しいのか」とは弟子達にも36節で言われた言葉です。すると弟子達は「権力と富をください」と言ったのです。盲人は、そのような弟子達の求めていたものとは全く違い、「見えるようになること」ですと言いました。弟子達は目が見えたのに真理が見えず、盲人は目が見えなかったのに真理が見えたのです。

★ここに聖書の逆説が見えるのです。その後「イエス様の行かれる所について行った」と記されています。エリコから高低1000メートルもあるエルサレムに、イエス様と一緒に歩いて行ったのです。今まで一日中ほこりにまみれて道に座っていた彼にとって、どれほどきつい坂道だったかしれません。しかしイエス様についていくことは、彼にとって喜びとなりました。私達にも「私に何をして欲しいのか」とイエス様は言われます。私達も信仰の目を開けて頂き、バルテマイのように喜んでイエス様について行きましょう。

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