(礼拝メッセージ) 「神の愛と悲しみ」マルコ12章1~12節
仁井田義政 牧師
先
週のイエス様の言葉で、祭司長・律法学者・長老達が、神を恐れていると言いながら、人間を恐れていることが明らかになりました。イエス様は今日の譬えで、神の深い愛と悲しみについて話されました。
★イエス様は、ある人がぶどう園をしもべに託して旅に出たという譬話をなさいました。これは、私達の人生を現わしていると見ることも出来ます。神様が私達の人生で豊かな実を結ぶように用意をしてくださり、全てを任せて私達には見えない所に旅に出たようなものなのです。しもべ達は主人が近くに見えないのを良いことに、わがままに振る舞い、ぶどう園の全ての収穫物を自分達の物にしようと思ったのです。しかしぶどう園は、主人の持ち物です。主人は、収穫の季節が来たので、旅先から使者を遣わしました。
★しかしぶどう園のしもべ達は、主人からの使者を袋叩きにし、何も持たせず帰してしまいました。二番目の使者が来ると、今度は頭を殴り辱めて返してしまいました。その後も多くの使者が来ましたが、殺してしまいました。最後に主人が一人息子を遣わしましたが、今度は「あれは跡取りだ」と言って殺してしまいました。遣わされた使者とは旧約聖書の預言者たちのことで、最後に遣わされた一人息子とは、イエス様ご自身のことです。
★イエス様が譬えを話された時にその心にあったのは、イザヤ書5章1~17節のぶどう園の譬えと思われます。イエス様の誕生以前の750年前頃、イスラエルの人々は、神様から遣わされた預言者達を迫害しました。その結果、神様の裁きとしてバビロン捕囚となってしまうのです。今また同じことを繰り返し、ついに今度は最後に送られた神のひとり子イエス様を殺すのです。
★イエス様は、いらない石として人間に捨てられ、十字架で殺されようとしています。イエス様を殺そうとする者達は「群衆を恐れた」と記されています。イエス様を捨てる者は、人を恐れ人の奴隷となるのです。
★私達も、イエス様を邪魔者扱いはしていないまでも、必要な時だけ利用していないでしょうか。イエス様はあなたを愛し、あなたの人生の基礎石となりたいのです。人の言葉などにびくともしない人生を築き上げて欲しいのです。あなたがそれを無視すれば、イエス様は悲しまれるでしょう。イエス様をしっかりとした土台として、クリスチャン人生を築き上げましょう。