(礼拝メッセージ) 「真っ正直に生きる」マルコ12章13節~17節
仁井田義政 牧師
今日の御言は、イエス様を罠にかけてローマの法律に違反させるか、イスラエル民族の反感を買うようにしようという、イスラエルの指導者たちの悪企みのところです。イエス様はその罠を利用して、私達人間の全生活に及ぶ素晴らしい真理を教えられました。
★聖書には「わなに陥れようとして、パリサイ人とヘロデ党の人数人をイエスのところへ送った。」と記されています。「彼らは」とは先程までイエス様と話していたイスラエルの指導者達のことです。送られたパリサイ人とヘロデ党の人達は、その思想においては両極端でした。パリサイ派は反ローマ的であり、ヘロデ党はローマの支配に妥協的でした。指導者達は彼らを使って「皇帝に税金を納めても良いでしょうか」という質問をさせたのです。
★イエス様は「彼らの擬装を見抜いて言われた。「なぜ、わたしをためすのか。デナリ銀貨を持って来て見せなさい。」(12:15)と言われました。デナリ銀貨には、皇帝ティベリウスの肖像が刻まれていました。また「ローマ皇帝は神の子である」。の文字も刻まれていました。その彫像があるために神殿にその銀貨を捧げるのを嫌って、神殿の庭で両替をしていたのです。
★ イエス様はデナリ銀貨を取り「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか。」と彼らに質問しました。彼らは、「カイザルのです。」と言いました。そこでイエス様は「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」(12:17)と言われました。イエス様は「納めるべきですか」という質問に、「返しなさい」と言われています。聖書の原語ギリシャ語で「納める」は、「与える」という意味なのです。与えるとは自分のものを他人に上げることです。しかしイエス様は「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と言われたのです。
★イエス様はなぜ「返しなさい」と言われたのでしょうか。実は私達はこの世に生きている限り、神様と国に全てを借りて生きているのです。税金も献金も「納める」というと惜しくなります。これは借りている分を返すという思いになることが大切なのです。「カイザルのものはカイザルに。神のものは神に返しなさい」なのです。クリスチャンは、この世にも神様にもごまかしのない真っ直ぐに生きて行くように心がけましょう。