10月18日礼拝「愛すればこそ」

(第一コリントNO14)「愛すればこそ」第一コリント4章14~21節 仁井田義政 牧師

パウロは4章に入ってから、コリント教会の人々を厳しい言葉で叱責してきました。しかしパウロは「私がこう書くのは、あなたがたをはずかしめるためではなく、愛する私の子供として諭すためです」と書きました。

★そしてパウロは続けて「それは、信仰による自分の子供に対する愛と責任なのです。」と言っています。当時、自由人の子供は奴隷の養育係に世話されて育ちました。しかしパウロは「どんなに養育係が多くても、父親と養育係では全く違います。子供を諭すのは父親です。」と自分の責任を記しています。

★パウロはコリント教会の混乱を捨て置くことをせず、弟子のテモテを派遣しました。そしてパウロが以前、信徒達に教えていた「キリスト・イエスにある私の生き方」を思い起こさせました。コリント教会には、その教えを踏み外してしまう危険が迫っていたのです。

★コリント教会の特色は議論好きでした。一般的には、話を多くすれば理解が進むと考えられがちです。しかし教会においてそれだけでは駄目で、絶対に必要なのは祈りなのです。コリント教会では、話し合いをすればするほど分裂が始まり、倫理や道徳においても世の中と同じ価値観になってしまいました。そして教会は求心力を失い、分裂の危機に直面してしまったのです。「神の国はことばにはなく力にあるのです」とパウロは言います。

★現代はまさに忠告の難しい時代であると言われています。会社などでも新入社員に注意などしようものなら、反対に「それはパワハラになります。訴えますよ」と逆切れされる始末だといいます。クリスチャンの皆さん、現代はそういう時代なのです。皆さんが、牧師から何事かで忠告されるような時、牧師は皆さんをはずかしめるためにするのではなく、皆さんを「愛すればこそ」するのです。そのことを理解し、成長したクリスチャンになりましょう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする