(マタイNO88)「教会とイエス様の御心」 マタイ18章12~17節 仁井田義政 牧師
今日は九十九匹と迷い出た一匹の羊の話です。そもそも18章は、教会においてどのようなことを大切にしなければならないかのイエス様の教えです。十字架を前にして、イエス様はこれから教会が世界教会へと拡がっていく時に、何を一番大切にしなければならないかを教えられました。
★百匹いた群れの中から一匹の羊が迷い出ました。つまり九十九匹対一匹となったのです。しかし良い羊飼いであれば、九十九匹いるのだから、一匹くらいいなくなっても仕方がないとは思いません。神様のクリスチャンたちを見る目も同じなのです。しかし迷っていない九十九匹側に自分がいると思って安心してはいけません。「あなたがたの父は」と言われている通り、神様はあなたを大切だと思っておられるように、迷っている人のことも大切だと思っておられるのです。
★迷った原因はいろいろあるでしょう。神様は、その人をもうどうでも良いとはお考えになりません。見放せば滅びに至ってしまうのです。その人が滅びることを神様は喜ばれないのです。教会が大切にしなければならないことは、イエス様の御心です。どんなに教会が大きくなり世界教会となっても、イエス様の御心が満ちた教会でなければなりません。
★自分勝手に迷い出た者をそのまま見過ごすことは、正しいことではありません。迷い出る原因のひとつには、罪があるでしょう。ある教会の牧師が子供の時に、献金箱から献金を盗んだことがあったと言いました。しかしその人は罪を告白し悔い改めて、後に牧師になりました。教会の誰かが罪を犯した場合、配慮が必要です。最初二人だけで話すべきで、それが駄目なら次に二人か三人の同席の中で話すべきです。それでも駄目なら教会を通して悔い改めや、それに伴う許しを話すべきです。それでも悔い改めないなら、その時はやむを得ず教会名簿からその人を除籍すべきなのです。
★このように教会は、神様の御心を大切にしなければならないのです。その御心とは、迷い出るような小さな弱い人のフォローです。むやみに断罪したり、その罪を公けにしたりしてはいけないのです。まただからと言って、罪を見て見ぬふりをし、うやむやにしてもいけないのです。主イエス様の御心が、教会がどんなに大きくなっても実践されますよう、お祈りしましょう。