7月14日 礼拝メッセージ 「試練は何のために」

礼拝メッセージ 「試練は何のために」ローマ5章1~4節 仁井田幸子師

私達は、人生の中で誰でも試練に遭います。その時、私達は「なぜ」「どうして」とつぶやいてしまいます。しかし今日の御言葉によって、試練に立ち向かう勇気が与えられます。

★まず試練は、神様が愛する子供達に与えられたものであることを知りましょう。誘惑は人を罪に導き神様から離そうとしますが、試練は人を神様に近づかせます。ですから試練に遭った時、その問題が神様から離すものでないと把握できれば、それは必ず素晴らしい結果になります。(ヘブル12:5-8)

★では試練は何のために与えられるのでしょうか。聖書は、私達の信仰が清められ、純粋にされるためと教えています。ちょうど金が熱い炉の中で精錬され純粋なものになるように。(第一ペテロ1:6-7)

またその試練を通して、忍耐力がつき、そして練られた品性が与えられ、そこから希望が生まれるというのです。(ローマ5:3-4)

★それでは試練に遭った時、どのように対処すれば良いのでしょうか。

最初に申したように、まずこの苦しみは誘惑から出てきたものか、神様からの訓練のためのものかをしっかり判別します。誘惑から出てきたものであるならば、それらを取り除き、そこから離れ、悔い改めます。それ以外のものであるならば、驚き怪しむことなく冷静に受け止め、考えます。

(第一ペテロ4:12-13)その苦しみの問題点を分析すれば、神様が自分のどの部分を訓練されたいのか分かってきます。自分でも気がつかなかった弱さを知ることが出来ます。それが経済的なことであったり、人間関係のことであったり、肉体的・精神的なことであったりと、みなそれぞれ違います。ですから試練の中で、人と比べたりすることはナンセンスです。神様が私達一人ひとりの弱さをご存知で、そこを訓練して下さるからです。この理知的な分析をしないで、いつも感情のままやっとの思いで時間が過ぎるのを待っていては、何度も何度も同じ試練を通ることになります。出来るだけ早く神様からのテストに合格し先に進みましょう。神様は、試練の中で必ず逃れの道も用意して下さっていますから、つぶれないようにしましょう。(第一コリント10:13)

★最後に試練をどのような思いで受け止めたら良いでしょうか。聖書は「この上もない喜びと思いなさい」と言っています。(ヤコブ1:2-4)

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