(メッセージ)マタイNO55「私に躓かない者は幸いです」マタイ11章2~6節 仁井田義政牧師
弟子達は伝道に遣わされました。イエス様も伝道のために町々へと出て行かれました。その時、バプテスマのヨハネは獄中にいましたが、心にキリストに対する小さな躓きが起こりました。イエス様はその疑念に答えられました。
★バプテスマのヨハネは、イエス様に洗礼を授けた人です。彼の弟子達の中には、バプテスマのヨハネをメシヤだと信じたい人達も多くいたと思われます。しかしヨハネはイエス様を差して「見よ!神の子羊」と宣言し、自分の弟子達が自分を離れてイエス様に従って行くように促しました。その後、バプテスマのヨハネはヘロデ王の結婚を非難したため捕らえられ、獄中に監禁されていたのです。(マタイ14:1-13)
★バプテスマのヨハネは、素晴らしい信仰者でした。イエス様は、彼を「今までの人間の中で最高の信仰者」と評価したほどです。しかし、そのバプテスマのヨハネが、獄中においてイエス様に対してかすかな疑念を持ったのです。それは彼の考えていたメシヤと、イエス様の行動が違ったからです。ヨハネは、イエス様を不信仰や不正を即座に裁かれる「斧」(マタイ3:10)として受け止めていたのです。しかし違ったのです。
★バプテスマのヨハネは、自分の考えにもまた人の噂にも固執せずに、イエス様の所に弟子を遣わして、その疑問をイエス様に直接聞いたのです。これはプロテスタントの直接聖書を読むことの大切さに通じる解決方法です。イエス様は「これらの貧しい者達に福音が伝えられている。これがメシヤ(救い主)の印です。」とヨハネに伝えました。
★信仰に聡明なバプテスマのヨハネも、イエス様の行動に自分の考えと違うものを感じて、獄中で疑念をもつに至りました。聖書には昨日まで揺るがない強い信仰を持っていた人が、今日は恐れと絶望に打ちのめされていると言うようなことが記されています。例えば悪女イゼベルの脅しにおびえた預言者エリヤもそうでした。人間は弱いのです。しかしヨハネはイエス様の言葉によって、自分の信仰を修正したのです。彼はそれ以後、殉教に至るも疑念を持つことは一切ありませんでした。イエス様は「誰でも私に躓かないものは幸いです」と言われました。私達もイエス様の御言葉によって信仰を修正して頂き、イエス様を信じ従って行きましよう。