第二コリントNO24 「主に推薦される人」10章12~18節
仁井田義政 牧師
ギリシャ人は「知恵を求める」(第一コリ1:22)とあります。ギリシャ人達は、議論を戦わせて相手を打ち負かし、そこで評価を得た者が成功者として人を教える権威を得るのが常でした。パウロもギリシャに伝道に行くと、否応なくその渦に巻き込まれたのです。
★かつてパウロは第二回伝道旅行の時にヨーロッパに渡り、ギリシャのアテネのアレオパゴスの広場で伝道したことが使徒17章の中に記されています。一時ギリシャ人達は、アジアから来たパウロが何か新しい教えをしていると興味を持ちました。パウロも知恵を求めるギリシャ人達に合わせ、宗教哲学的な論法で話したのでした。そして長い話の後、大切な「イエス・キリストの復活」の話をすると、ギリシャ人達に「あざ笑われ」(使徒17:32)と記されています。パウロは挫折感を味わいました。人からの評価がどんなに空しいかを、身をもって体験したのです。
★人からの評価や推薦を得られないとすると、私達は自己推薦と、自己評価をしやすいものです。自己推薦とは、評価を勝ち取るために、自分を過度に評価推薦することです。今の世の中も、まさにそのような時代です。過度な自己推薦、時々政治家が選挙運動中に行なってしまう学歴詐称などがそうでしょう。結果的には「それは知恵のないことなのです」(12節)とパウロは教えています。
★大切なのは自己推薦でもなく、多人の推薦でもありません。「主に推薦される人」(18節)こそ、主の働きにふさわしい人なのです。主の計画の限度を超えない働き人。他人の手柄を自分のものにしない人です。パウロも異邦人伝道に主が遣わされたので、コリントの町まで伝道して来ました。主がコリントの人々を救いたいと思われ、計画して下さったからに他なりません。「だから、誇る者は主を誇りなさい」と教えています。また「自分を推薦する人でなく、主に推薦される人になりなさい」と教えています。(17~18節)
私達は人や自分からではなく、主に推薦される人になりましょう。