7月10日礼拝メッセージ『全て人の徳を高めるために」

第一コリントNO39「全て人の徳を高めるために」14章20節~40節 仁井田義政 牧師

AR-141209518パウロは、12章からコリント教会における聖霊の賜物について記してきました。その混乱は、教会の礼拝において顕著に現れました。原因が「愛の不足」であったため、13章と14章の初めに「愛の勧め」が強調されているのです。パウロは、今日の14章26節からこの問題に対する結論を記します。

★コリント教会は、「目立ちたい」「自分を認めさせたい」と思う人達がいました。特に異言を最高の賜物とする人達がいたと思われます。聖霊の賜物の豊かな教会も、そうであればなおのこと、秩序ある礼拝をすべきなのです。

★全ての賜物は、人の徳を高める為に用いるべきである。

パウロは26~36節で、教会は秩序ある礼拝をしなさいと教えています。特に33節では「神は混乱の神ではないからである。」と記しています。教会は、自己主張や自己顕示をする場であってはならないのです。

★今日の御言の中には「教会では女性は黙っていなさい」と女性蔑視のような言葉も記されています。女性達から猛反対を受けそうなパウロの言葉です。しかしパウロは他の手紙では、このような言葉を記してはいません。 それから見ても、コリント教会の女性達の特殊性がこの指導をパウロに起こさせたのです。つまりコリント教会には、11章に記されているような「かぶりものを捨てる」ような、急進的な女性達がいました。聖書版アマゾネス軍団の出現です。そのような女性達が「異言」を最高の賜物と主張し、教会の礼拝メッセージや祈り、賛美などの秩序ある礼拝を無視し、異言で祈りまくっていたのです。パウロはそのような無秩序状態に「預言も、異言も禁じてはいけない。全てのことを適切に秩序をもって行いなさい。」(40節)と教えました。これが結論なのです。 

★クリスチャンは、全ての人の徳を高める為に賜物を用いるべきです。どんなに優れた賜物や能力も、自己主張や自己顕示欲に支配されて用いる時、それは教会における害となるのです。すべての賜物は主が与えて下さったのです。与えられた賜物を神様と人々への愛に満たされて用いましょう。全ての賜物を用いて人々の徳を高めましょう。

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