(メッセージ)マタイNO121キリストの値段マタイ26章14~16節 仁井田義政 牧師

 先週は、ベタニヤのシモンの家での美しい話「香油を注いだ女性」の話を致しました。聖書には、その次に世界で最も汚れた醜い話が記されています。それは、弟子イスカリオテのユダによるイエス様への裏切りです。

★イエス様は、ユダが自分を裏切ることを既に知っておられました。26章2節に「十字架に引き渡される」と書かれています。イエス様は、ユダの心の変化を前から知っておられました。香油を注いだ女性をユダが先頭を切って非難したことが、他の福音書に出てきます。イエス様はずっと前から知っておられました。イエス様は、私達の心の中や陰での行ないまで知っておられます。

★ユダの裏切りは、積極的な裏切りでした。彼は命を脅されたのでも、家族の命を脅されたのでもありません。自分から祭司長の所に、イエス様を売りに行ったのです。むしろ祭司長達は暴動を恐れて「祭の間、イエス逮捕は無理」と考えていました。それは、イエスを買う祭司長達に安全な引き渡しが出来るかどうかでした。

★ユダはイエスを売るとしたら「いくらもらえますか」と聞きました。すると「銀貨三十枚」ということになりました。銀貨三十枚は、出エジプト記21章32節に出てくる奴隷一人の値段です。しかし出エジプト記からイエス様の時代まで約千五百年過ぎています。当然、貨幣の価値は変わっているでしょう。おそらく奴隷さえ買えない値段になっていたはずです。日本の貨幣の変動を見ると、明治時代は約二百円で日本橋に家が建ちました。今や二千万円でも家は建たないでしょう。世界の救い主キリストが、奴隷一人の値段にさえ遠く及ばない屈辱的値段で売り渡され、裏切られたのです。

★イエス様は、その様なユダの裏切りを知りながらなおも十二弟子の中に留めて、最後の晩餐もユダを含む十二弟子と共にされました。イエス様は、ユダの悔い改めにチャンスと時間を与え、愛を注ぎ続けられたのです。ユダはそのイエス様の愛を知らず、奴隷すら買えない金額でイエス様を引き渡すチャンスを狙っていたのです。ユダの心は、「イエス様を引き渡す機会を狙う」ことでいっぱいになっていました。ユダはイエス様の愛に逆行するようにして、ついにわずか銀貨三十枚でイエス様を裏切るのです。イエス様の愛は私達にも同じように注がれています。私達はイエス様を裏切ることのないように注意し、信仰に励みましょう。

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