4月14日礼拝メッセージ「子よ。しっかりしなさい」

(礼拝メッセージ) マタイNO44「子よ。しっかりしなさい」9章1~8節 仁井田義政 牧師

イエス様はガダラの地を去って、カペナウムの町に帰ってこられました。するとそこへ中風の病の人が連れて来られました。

★その人は友人達に運ばれてきました。イエス様は連れて来た人達の信仰に目を留められました。もう自分では動くことが出来ない中風の人は、「治るはずがないと」と諦めてしまっていたのかも知れません。それを友人達がキリストの所に連れて来たのでしょう。

★当時は宗教指導者も一般の人達も、「神様に罪を犯したからこの様な病気になったのだ」と責めるのが常でした。中風の人も、自分でも自分を責めていたことでしょう。しかしイエス様は「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は許されました」と言われたのです。中風の人は、神の子と言われているイエス様から「子よ」と呼ばれる等という事は想像すら出来なかったでしょう。それだけではありません。「あなたの罪は赦された」と言われたのです。「子」と呼ばれ、「あなたの罪は赦された」という宣言だけで、この人が「しっかり」する理由は充分でした。

★このイエス様の言葉に対して、律法学者は心の中で非難しました。この時まだ中風の病気は癒やされていませんでした。ですから律法学者はイエス様に対して、何の力もない人間のくせに「罪が赦された」などと言うのは、神様を侮辱することだと非難する思いを持ったのです。するとイエス様は「あなたの罪が許されたと言うのと、起きて歩けと言うのとどちらがたやすいか」と言われました。イエス様は、一番難しい罪からの救いを、何をさておいてもまず与えられたのです。

★イエス様に祈っても、病が癒やされる人と癒されない人がいます。癒されなかった人は不幸な人なのでしょうか。本当の不幸は「神から捨てられている」と思う人ではないでしょうか。癒されなかったとしても「イエス様が私を愛しておられる」と知った人は幸せなのです。それが「子よ」と言う言葉であり「しっかりしなさい」と言う言葉であり、「あなたの罪は赦された」という言葉なのです。

★画家で詩人の星野富弘さんや、まばたきの詩人と言われた水野源三さん。彼らは、イエス様を信じても病気が治ることはありませんでした。しかし二人とも、イエス様から「あなたの罪は許された」という福音を聞いたのです。あなたも今日の中風の人に迫って来たイエス様の愛を、あなたへの愛と受け止めましょう。

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