(礼拝メッセージ)「共におられる神」イザヤ41章10節 仁井田幸子師
私達は神様に出会うまで、神様が人間と共にいてくださるとは思ってもいませんでした。今日は、この祝福をしっかりと受け止め、神様と共にある素晴らしい人生を歩みましょう。
★聖書は、旧約から新約にわたってずっと「わたしはあなたと共にいる」との神様からのメッセージを伝え続けています。しかしながら人間は、神様が目に見えないため、共にいて下さることをなかなか理解できません。
★そこで神様は、出エジプトにおいて共にいることを知らせるため、昼は雲の柱、夜は火の柱でご臨在を現わされました。人間に見えるように示して下さったのです。
★新約において、神様は人間の姿をとられて(受肉され)、弟子達と共に過ごされ、徹頭徹尾インマヌエルなる神として、共におられることを示されました。そのことを如実に表している聖書の記事(マルコ4:35-41)を見てみましょう。イエス様と弟子達が一緒に舟に乗っていた時のこと、激しい突風が起こり舟は転覆寸前になります。弟子達は舟の中で眠っておられるイエス様を起こし、助けを求めます。もちろんイエス様は直ぐに嵐を静め、弟子達を助けられました。イエス様は、そこで弟子達にわたしが共にいるのになぜ恐れるのかと注意されました。しかし、ここに慰めがあります。弟子達は、共にいて下さる主に助けを求めることが出来たのですから。
★では現代の私達は、どのように共にいてくださる主を確認すれば良いのでしょう。雲の柱も火の柱も、イエス様の御姿も見えません。しかし私達には、聖書の約束の御言があります。「恐れるな。わたしはあなたと共にいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。あなたを強め、あなたを助け、わたしの右の手であなたを守る。」(イザヤ41:10)御言を信じることです。
★根拠なく心に思い込むのでも、言い聞かせるのでもありません。イエス様は、人の姿をとられ、全人類の罪の赦しのために十字架で命を捧げ、いま私達の助け主となって共にいて下さるのです。私達は御言を根拠として、聖霊によって、また信仰によって、主が共にいて下さることを確認するのです。共におられるとは、私達のそばでたたずんでおられるのではありません。私達と深く関わって下さるのです。「彼らが苦しむ時には、いつも主も苦しみ、・・・昔からずっと彼らを背負い、抱いて来られた。」(イザヤ63:9)