(礼拝メッセージ)マタイNO97「偉くなりたい人に」マタイ20章20~28節
仁井田義政 牧師
人間で偉くなりたくない人などいるでしょうか。イエス様の弟子達は、いつも「私は偉くなりたい」と思っていた人たちでした。その様な人間の権力へのあこがれから、今日のイエス様の言葉が話されました。それは、人間社会において聞いたこともない教えでした。
★ヤコブとヨハネが母親と一緒にイエス様の所に来て「イエス様、あなたが間もなく王様になられる時には、私の子供達を弟子の中のNO1とNO2にしてください」と願い出ました。ヤコブとヨハネはペテロを加えて十二弟子の中で三弟子と呼ばれた人でした。この三人は、いつもイエス様と一緒に行動しました。イエス様が変貌の山に連れて行かれたのもこの三弟子でした。しかしペテロはこの直前に間違った願いをして、イエス様に優しく叱られました。ヤコブとヨハネは、それをペテロの失脚と見たのではないかと思われます。
★ペテロの失脚と見たヤコブとヨハネは、母親に加勢を頼んでイエス様に権力の約束を求めたのです。それまで三弟子の中でペテロには頭が上がらなかったのですが、チャンスの到来です。もうすぐエルサレムに着けばイエス様は王になられると考え、母親も二人の出世の計画に同調したのです。自分の息子達二人がキリスト王国の右左の大臣になるならば、どんなに鼻が高いことだろうかと思ったのでしょう。
★それではその他の弟子達には権力欲は無かったのでしょうか。いや同じくありました。それは「他の弟子達が腹を立てた」と言う言葉に現れています。 権力欲に毒された弟子達に、イエス様は「彼らを呼び寄せて、この世の価値観と主の価値観は違う」ことを教えられました。その見本はイエス様ご自身の生涯であり、十字架の姿そのものであることを教えられたのです。
★私達にも、「偉くなりたい」という共通の価値観が存在します。しかしそこには、人を不幸にし人を傷つける欲望の罪が潜んでいるのです。イエス様は、それを弟子たるものの価値としてはならないと教えられました。今までのこの世の価値観を捨て去り、イエス様の新しい価値観を教えられました。「あなた方の間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい」(26節)と教えられたのです。私達はイエス様の教えに従って、人の上に立ち権力を振るう人ではなく、人に仕え奉仕する人になりましょう。