(父の日礼拝メッセージ) 「主にあって」エペソ6章1~4節 仁井田義政 牧師
今日は父の日です。父の日は、母の日に58年も遅れて始まりました。そのせいか父の日は現在もなにか影が薄いように感じますが、母の日と同じように大切だと思います。
★昭和の父親のイメージは、「頑固者で怖い」のが普通でした。現代は、そんな事をしていたら「何を偉そうにしているの」と家族中から除け者にされてしまいます。昔は家族の中で、何かもめ事があれば「お父さんに聞くから」と最終決断を父親においていました。しかし今は「お母さんと相談して決めろ」と言うことが多いようです。子供達はお父さんの権威を認めず、お父さんも権威を放棄してしまった現代だからこそ、父の日に父親についての聖書の言葉を聞く必要があると思います。
★聖書で「子供たちよ、両親に従いなさい」と言われても、人によっては「はい、わかりました」とは言えない事情があるかもしれません。もちろん聖書のこの言葉は、父親がクリスチャンであることが前提の教えです。そうでなければ、もし父親が「教会に行くな」と言ったら、父の教えに従うのが正しいと言うことになってしまいます。そうではなく、神様を信じ神様に従うことが何よりも大切と教える父親に従えと言うことなのです。するとこの聖書の言葉も、父親がクリスチャンでない子供には意味をなさなくなってしまいます。
★しかしこの聖書の言葉は、従う理由が父親にあるのではなく「主にあって」(6章1節)と記されています。つまり「主を信じている子は」との意味が強く、子の立場にある者の行動が強調されています。さらに、「これは正しいことだからです」と補強されています。
★クリスチャンの父親だからと言って、自然に子供との良い関係を作れるとは限りません。自分を完全だとは思わず、神様に助けを求め「父たちよ、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい」(6章4節)と教えられています。
★今日は父の日です。父親と、父親を与えて下さった神様に感謝する日です。黄色のバラの花などを買って「お父さん有難う」と感謝しましょう。そうする時、あなた自身の心が癒されるのです。「主にあって」お父さんに心から感謝しましょう。