6月2日礼拝メッセージ「十二使徒の使命」

(礼拝メッセージ)マタイNO50「十二使徒の使命10章1~4節 仁井田義政 牧師

イエス様は、全ての町や村を巡って福音を伝えられました。そこで見たのは、弱り果てている人達でした。イエス様はそれらの人々の為に、弟子達を遣わすことにしました。

★イエス様の弟子達は、既にイエス様から弟子としての召しは受けていました。しかしまだ働きのために遣わされてはいませんでした。それはまず弟子達がイエス様に遣わされる前に、イエス様の働きを見聞きして学ぶ必要があったのです。弟子達は、イエス様が誰からも顧みられなかった人々を大切にされているのを見て学びました。ある時には、社会から捨てられていた人を救うために向かわれた途中で、人間の力ではどうにもならない嵐をさえしずめられ、力を現わされるのを見ました。

★イエス様は弟子達を呼びよせられました。いよいよ弟子達を、弱り果てている人々を助ける働きに遣わす為でした。イエス様は弟子達を二人ひと組にして派遣しました。それは厳しい働きだからです。どんな時にも、祈り合い助け合って使命を遂行する為でした。その働きの内容は「悪霊」という宗教的領域、「あらゆる病気」という肉体的領域、「あらゆる煩い」という精神的領域の全人的な奉仕への派遣でした。

★全人的な使命を与えられ、派遣された十二使徒達は、社会的には心もとない人々でした。弟子のペテロと数人はガリラヤ湖の漁師達であり、マタイは当時の嫌われた職業の取税人でした。どちらかと言うとローマの体制側の人間でした。シモンは熱心党員だった人で、イスラエルの右翼的な立場の人でした。この様な雑多な人々が、全人的な救いの働きの為に遣わされたのです。それは驚き以外のなにものでもありません。

★これらの十二人に、イエス様は「権威」をお与えになりました。遣わされた者に、本人の能力よりも、社会的権威よりも、遣わした者の能力、つまりイエス様の「権威」を与えたのです。能力があってもイエス様からの権威が無ければ、イエス様の使命には役に立たないのです。ですからイエス様から権威を与えられた者は、弱さを恐れないのです。マタイを見てください。自分を不名誉な「取税人マタイ」と、堂々と記すのです。

★キリストによる派遣とはそういうことなのです。イエス様はあなたにも「権威」を授けて、その「弱り果て倒れている人達」の所に遣わしたいのです。あなたも自分の能力の如何を問わず、イエス様の働きに自分自身を捧げて、イエス様に用いて頂こうではありませんか

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