マタイNO75「本当の礼拝者となる」マタイ15章1~9節  仁井田義政 牧師    

あけましておめでとうございます。今日は第一回目の主日礼拝となります。御言は、神様を礼拝する者たちの真実な礼拝についてのイエス様の教えです。私達は、真の神様を礼拝する礼拝者です。私達は、上辺だけの礼拝ではなく、本当の礼拝を捧げたいものです。その為にも今日のイエス様の御言を注意してお聞きしましょう。

★今日の御言には、エルサレムからイエス様のもとに来たパリサイ人達のことが記されています。なぜ彼らはエルサレムから来たのでしょうか。それは、イエス様と弟子達を調査する為でした。もっと分かり易く言うならば、イエス様と弟子達を異端的な集団と断定する証拠収集に来たのです。パリサイ人と律法学者達は、すぐにその証拠を見つけました。イエス様の弟子達は食事の時、手を洗わなかったのです。それは清めについての違反でした。

★イエス様は、そのパリサイ人達の非難に反論されました。「あなたがたの習慣は長老たちの教えに基づくもので、神の言葉ではない。それなのに批判しているあなたがたこそ、神の言葉を無にしている」「聖書には父と母を敬えと命じられている。それは、経済的なことも含まれる。それなのに、これは神への捧げものですと言えば、親のために使わなくて済むとあなたがたは言っている。それこそ律法違反です」と反論されたのです。

★パリサイ人や律法学者達は、自分達はひとつの汚れもなく礼拝と生活をしていると自負していました。しかし彼らは人間の教えに忠実なだけで、むしろ神様の望む礼拝と生活からは遠く離れていたのです。年老いた両親を粗末にする者は「死刑とされなければならない」「自分の父または母を打つ者は、必ず殺されなければならない。」(出21:15)とさえ記されています。両親に対して呪ったり叩いたりした者は、死刑と言うほどに神様の前には許されない罪なのだというのです。両親をおろそかにしては、神様に「私から遠く離れている。」と言われるのです。

★私達が生きるために何一つ出来ない時に、両親が無償の愛をもって養い育てて下さったのです。その両親を呪ったり(悪口)・叩いたり・経済にも何ら顧みないとすれば、その罪は神様の前に大きいのです。イエス様は私達を無条件で愛して下さいました。私達もイエス様が愛して下さったように、無条件で両親を愛する礼拝者になりましよう。

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