(8月23日礼拝メッセージ)「教会の一番大切なもの」

(第一コリントNO8)「教会の一番大切なもの」第一コリント3章1~9節 仁井田義政 牧師

 パウロは2章で「聖霊によらなければ、神様の真理は誰にもわからない」と言いました。そして今日の3章ですが、コリント教会の人々にはかなり厳しい内容が記されています。コリント教会のクリスチャン達は、御霊によって生きている人々ではなく「肉に属している人々だ」と言うのです。これは私達今日のクリスチャンも気をつけなければならないことです。

★コリントの町全体が道徳的に腐敗していました。教会の中にもその影響が入ってきていたのです。パウロは既に最初の手紙を送っていました。しかし、コリント教会の信徒達に無視されたのです。赤ちゃんが堅いものを食べることが出来ずに吐き出してしまうように、受け入れなかったのです。

★パウロが第一の手紙を書いている時も、まだコリントの教会は赤ちゃんのままで成長していない状態でした。パウロはこの手紙で「まだ無理なのです」と書いています。その原因は「肉に属して」いるゆえであると、パウロは判断しました。御霊に属していないのです。それは「私はパウロにつく、私はアポロにつく」と言っているところから明らかです。

★霊的に成長した信徒は、そのようには言いません。「パウロは植え、アポロは水を注いだ。しかし成長させてくださるのは神なのだ」ということが大切なのです。信仰の命は神様だけが創造して下さったものであり、パウロもアポロもペテロも「植えて水を注いだ人にすぎない」のです。

★コリント教会の人々は、パウロやアポロと言う指導者に過度の依存を示していました。それはコリントの町にあった文化をそのまま教会に持ち込んだものでした。当時のコリントの人々は、どの哲学者を信頼するかが大切なことであり、その人の学派に名を連ねることが重要と思われていたのです。教会にもその社会的な習慣が「私はペテロに。私はアポロに。私はパウロに」と言う形で入ってきたのです。指導者を絶対的に支持する姿は、何か美しくも素晴らしくも見えるところがあります。しかし教会で一番大切なのは神様です。神様の栄光を薄めてしまう程に、パウロにアポロにペテロにと間違った意味での尊敬を注いではならないのです。

私達の教会は、神様を第一とし、神様を賛美し、神様にお仕えする霊的な教会になりましょう。

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