(第一コリントNO19)「クリスチャンと結婚」第一コリント7章1~7節 仁井田義政 牧師
コリントの町は多種多様な価値観の溢れている町で、結婚についての考え方も多種多様でした。そこでパウロは、新しい共同体のキリスト教会に「クリスチャンと結婚」について記しました。
★この手紙の著者パウロは独身でした。おそらくこの質問をした人々は禁欲主義者で、独身のパウロに同意して欲しかったのかも知れません。パウロは「男が女に触れないのは良いことです」と記しました。それは結婚に否定的に見える文ですが、当時の状況が教会に大迫害が迫っていた時代であることを考えなければなりません。パウロも、この手紙を書いた4~5年後には殉教死しているのです。教会に次々に殉教者が起こって行くのです。キリスト教がローマの国教になるのは、約三百年後のことなのです。
★そのような迫害の時代にあっても、パウロは結婚を禁じているのではありません。パウロは結婚について一夫一婦制を勧めました。しかも男女同権の勧めです。コリントの男社会の真っ只中で、夫婦という最小共同体の男女同権の教えは画期的なことでした。日本もかつては男女同権ではありませんでした。「女性に学問はいらない」等という時代があったのです。明治時代に日本に入って来た宣教師がミッションスクールの女子校を多く作ったのは、キリスト教思想の男女同権を日本にも拡めたかったからでした。
★ パウロは独身でした。しかしペテロや他の使徒達が結婚していたことは明らかです。イエス様が、使徒ペテロの姑の熱を癒されたことが記されています。(マタイ8:14~15)他の使徒やペテロも、妻を連れて伝道していました。(Ⅰコリ9:5)結婚して生きるのも神の賜物。結婚しないで生きるのも神の賜物。両方認め合い尊敬することが大切なのだとパウロは記しました。結婚している人は駄目だとか、結婚していない人は駄目だとかではなく、それぞれを神の賜物として認め合い、尊敬し合うことが大切だと教えています。
★今日の聖書の箇所は、二千年前のコリントという町の絶対的な男性社会での教えなのです。そのような中でパウロの記した既婚者と未婚者の平等性、しかもそれを神様の賜物の結果として高く評価していることは大切なことです。さらには夫婦と言う最小単位の家族の平等性。この二つは現代の私達にもそのまま通じるものです。これが「クリスチャンと結婚」という事に対する聖書の明確な答えです。尊敬し合うことが何にもまして大切なのです。