受難週メッセージ「私は既に世に勝ったのです」ヨハネ16章32~33節 仁井田義政 牧師
教会の暦は今日から受難週に入りました。受難週は、クリスチャンがイエス様の御受難と十字架に目を向け、過ごし祈る時です。今日の御言のヨハネの福音書は、クリスチャンに向けて書かれた書です。その中には、キリストの受難と、その意味が強く記されています。その意味を学び、受難週を信仰に満ちて過ごしましょう。
★ヨハネの福音書は13章~19章までキリストの受難の一日を記しています。私達の暦では、受難は木曜日の夜に最後の晩餐、そして次の金曜日に十字架と二日にわたっていると思われています。しかしユダヤの一日は、夕方の日没から始まり日没で終わるのです。つまり一日なのです。その僅か一日をヨハネは実に福音書の三分の一を割いて記しているのです。
★イエス様による最後の晩餐での教えは、13章~16章の中に記されています。そして16章33節で「これらのことをあなたがたに話したのは」とその結論を話されました。すでにイスカリオテのユダは、イエス様を裏切り最後の晩餐の席から出て行っていました。この後のイエス様は17章ではゲッセマネの園での祈り、ゴルゴタの丘の十字架へと続くのです。
★イエス様は最後の晩餐の話の結論として「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」と話されました。「勇敢」は決して男性だけが求めていることではありません。老若男女の誰もが求めているものです。イエス様はこの後に弟子の裏切り、逮捕、鞭打、十字架、埋葬、復活との受難が続くのですが、その前に「私は既に世に勝っている」と言われました。それは弟子達に「私に見習い勇敢であれ」と言われたのです。
★私達が勇敢に生きる秘訣は何でしょうか。クリスチャンが「世に勝てない」とすれば、どこに問題があるのでしょうか。それはイエス様の受難の中の勇敢さを見ていないからです。ユダのようにイエス様を裏切り、ローマの兵隊と一緒になってイエス様を捕え、イエス様の上に立ったような気になっても、その人生は神に呪われた最期となるのです。「私はすでに世に勝った」と言われた十字架上のイエス様を見、そして信仰の勇敢を学びましょう。