礼拝メッセージ(マタイNO70) 「御国の学者たち」マタイ13章44~52節 仁井田義政 牧師
イエス様は種まきの譬に続いて、さらに3つの譬を話されました。そのつながりは「天の御国は・・」と始まっていることから見ても明らかです。イエス様は弟子達に「天の御国」についてよく知ってもらいたいと思われ、いろいろな角度から譬を用いて話しておられるのです。
★イエス様は、「天の御国は農夫が畑で宝を発見したようなものです。」と話されました。それは偶然という言葉が許されるならば偶然の発見でした。すると農夫は、持ち物全部を売ってその畑を購入し、宝も自分のものにしました。この人には宝を発見しようという意思は全くなかったのに偶然に宝を発見したのです。
★さらにイエス様は「天の御国は良い真珠を探している商人のようなものです」と話されました。上の農夫と違って、この人は良い真珠を探し求め続けていたのです。これは人間の強い探求心の結果でした。真珠の中の真珠に出遇ったのです。この商人も、持ち物全てを売り払ってその真珠を買ってしまいました。宝物は偶然、最高の真珠は探究の結果でした。その宝物も真珠も、イエス様による救いのことです。救われるきっかけは多種多様です。どのような動機であれ、イエス様の救いにあずかることが大切なのです。
★イエス様は「天の御国は地引網漁のようなものです」とも言われました。船の網で何でも引き上げるのです。当然入った魚には、食べられるものもいれば、食べてはいけないものもいます。ですから漁師がそれを岸で選別するのです。この世の終わりにもそれと同じことが行なわれます。御使いによって、クリスチャンとクリスチャンではない人が分けられるのです。
★イエス様は弟子達に「あなたがたは分かりましたか」と聞かれました。弟子達は「はい」と答えました。するとイエス様は弟子達に「天の御国の弟子となった学者は、自分の蔵から、新しいものでも、古いものでも取り出すことの出来る一家の主人のようです」と言われました。たとえ世の中では無学の人と言われても、天の御国の弟子となった者達は、天の御国について人々に教えることを許された学者たちなのです。あなたは「天の御国についての学者であり、専門家なのです。」他のどんな博士や学者も、天の御国についてはあなたを上回る真理を話すことが出来ないのです。もっと自信を持って伝道しようではありませんか。