礼拝メッセージ(マタイNO67)「最後の勝利者」マタイ13章24~30節 仁井田義政牧師
イエス様は今日の御言の直前に、弟子達に「良い地に落ちた種は百倍の実を結ぶのです」と約束されました。イエス様の天の御国の言葉を聞いて実行する集団は、まさにこの地における天の御国の集団なのです。天の御国の集団とは、キリストを信じる集まりであり、教会と言うことが出来ます。しかし教会がイエス様の御言の通り百倍の実を結ぶかと言うと、教会もこの地上にある限り、実を結ぶための戦いがあるのです。イエス様はそれを毒麦の譬として話されました。
★このイエス様の譬は、前の「種まきの譬え」から続いていると考えて良いでしょう。福音の種は百倍の実を得ることが出来るのです。しかしその畑に、夜の間に敵が来て毒麦を蒔いて行ったというのです。毒麦は食すると嘔吐・下痢・手足のしびれを引き起こすのです。それは麻酔性アルカロイドによって引き起こされるのです。
★僕(しもべ)達が朝、眠りから覚めて畑に行ってみると、毒麦がいっぱい芽を出していました。どうしてなのかを僕達は知りませんでした。それは、人間の私達には理解できないことであることを示しています。僕達は主人に聞く以外ありませんでした。主人は知っていました。「敵が夜の間に蒔いたのだ」と教えました。敵とはサタンのことです。そのことを聞いた僕達は「私達が行って毒麦を抜きましょうか」と言いました。その時の主人の言葉が大切です。「収穫の時までそのままにしておきなさい」と言われたのです。
★主人がその様に言われた目的は明確でした。毒麦を抜こうとして、良い麦まで抜いてしまう危険があったのです。当時のイスラエルの農法では、毒麦を抜くのは無理でした。日本のように一列に種を蒔くのではなく、無差別に畑全体に蒔くからです。毒麦を抜くためには良い麦の苗も相当踏まれて、犠牲にしなければなりませんでした。最良の方法は、収穫の時になれば毒麦と良い麦の実が明らかに違うので、簡単に取り除くことが出来るのです。
★旧約の時代から現代に至るまで、この世の中は良い人と悪い人が入り混じって歴史が進んでいます。時には悪い者が栄え豊かになり出世していることさえあります。そのような時、人間は「神様、どうして悪い者が栄えているのを許しておられるのですか。」と不平を言いやすいものです。しかし毒麦は収穫の時に焼かれてしまうのです。最終的な勝利者は、まっすぐな心で福音の種を受け入れたあなたなのです。そのことを信じて強く生きましよう。