(4月21日復活祭礼拝)「死に勝利さえ出来たなら」

(復活祭礼拝)「死に勝利さえ出来たなら」第一コリント15章54~58節

                         仁井田義政 牧師                    

今日はイースターの朝です。皆さんイースターおめでとうございます。

私達人間は死を恐れます。しかしイエス様のご復活によって「死は敗北した」と聖書は記しています。

★イエス様は「死んだ後、三日目に甦る」と預言されました。そしてその通りに甦られました。その後四十日間にわたって弟子達に現れたことが記されています。(使徒1:3)その四十日の間に、弟子達をはじめ五百人以上の人々にご自分の生きておられることを、復活されたお体をもって証明されました。第一コリントが書かれたのは、55年~56年頃です。その時には直接見た500人以上の「大多数の人々が生きていた」(第一コリント6:6)と記しています。

★また「コリント人への手紙」を書いたパウロは、キリストの直弟子ではなく、最初はクリスチャンを捕えて殺す迫害者でした。ですからキリストが甦って五百人の人々に現れた時には、この著者パウロはクリスチャンではありませんでした。それどころか、クリスチャン達を殺すことに使命を感じる正義感に燃える心の熱い青年だったのです。事実、教会は最初の殉教者のステパノを彼のもとで出しています。パウロはステパノを殺した張本人なのです。その後に、パウロは熱烈に復活のイエス様を信じるクリスチャンになりました。

★パウロにとっても私達にとっても、イエス様が甦られたことは「私達人間に伝えられた福音」(嬉しい知らせ)です。それまでは、死が私達人間に圧倒的な力で存在していたからです。しかしイエス様の「死からの蘇り」によって、死はその力を失いました。「死は勝利に飲まれた」と記されている通りです。

★死に対して勝利を与えられた者の生き方は、その信仰に「固く立って動かされることなく、いつも主の業に励む」(コリント15:58)ことです。私達の人生がこの世だけで終わるのではないことを知った時、初めて自分の人生が無駄ではないことを感じるのです。それは、イエス様のように「私は死んでも生きる」という確信が湧き上がって来るからです。死に勝利さえ出来たならば、私達から殆どの恐れは消え去っていきます。イエス様は、私達に先んじて死んで蘇られました。ですから私達も蘇ることが出来、主と共に永遠に生きることが出来ると確信するのです。イエス様の「私を信じる者はたとえ死んでも生きるのです」という御言に感謝し、心からイースターをお祝いしましょう。

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